(ここは山間部の田舎ですから、冬の空っ風の寒さは特別です。何歳になってもこの吹き降ろしは身にこたえます。心まで震えてしまいます。暖房は電気コタツとカマドの火しかありません。最近ひんぱんになったのですが、今日も(声)が聞こえてきました。そばの公園に行って北向きになって立っていろ!、というのです。
男の声です。わたしはコートを着込んで、家を出、公園に行きました。小学校に入る前くらいの子供たちが男女含めて五人、ブランコに乗ったり滑り台ですべったり、ジャングルジムにのぼったりしていました。遊びに夢中になっていてわたしのほうを向いたりはしません。わたしは公園の端まで歩いていって(声)の言うとおりに北向きに立ちました。ところがいつまでたっても寒い風が吹きつけるばかりで、次の(声)は聞こえてこないのです。近くの主婦が現れ公園に歩いてきました。(もう、夕ご飯だから帰っておいで!)と子供たちに言うと、子供たちは皆あっという間に家に帰っていきました。わたしは北向きになっていつまでも立っていましたが、あまりに寒いので家に帰りました。(どこに行ってたんだ!)と姉がいうので(公園さ)というと(また、声が聞こえてきたんだろう?いい加減にしねえかこの妄想狂!)というのです。妄想じゃないっていってるだろう。と言い返すと、(ほんとうに聞こえてくるんだろ?だから妄想狂なんだよ)といってきました。(玲子はおまえ、ともかく気を回しすぎるんだよ。だから話しがかみ合わなくてなくておかしくなっちゃうんだよ!)と父は怒鳴りつけてきました。皆がわたしをおかしい女だと言って意地悪をするのです。いやになって、離れの納屋にある自分の部屋に走って帰りました。
 (中学二年生の頃だったと思います。あの時、体の具合が悪くて昼間から布団の中で寝ていました。家の者たちは出払って私一人でした。暖かい日でしたので座敷の障子を半分ほど開けて、庭のほうを眺めていました。気分も持ちなおして、落ち着いていました。すると、廊下のほうで人の気配がしたのです。家の中は誰もいないはずだが誰だろうと考えていると、白いお面みたいなものをかぶった男が笑って障子のそばに立っているのです。おどろいて息が詰まりました。白衣を着ているじゃありませんか、病院の先生?かな、でも今頃家に来て診察を頼んだ憶えはないし、と迷っていると、今のことは誰にも言うんじゃないぞ、といって怖い顔をして音も立てず去っていったのです。見ると、掛け布団が半分めくられ、寝巻きの下からわたしの下半身がむき出しになっていたのです)

 徹ははじめは面白く読んでいたが内容が奇怪な世界であることに気づいた。 

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