一週間たつと、白い封書がアパートの共同郵便受けに届いていた。差出人に女の名前を見て好奇心が湧き、手にとって部屋に持ち帰った。胸をおどらせた。一枚刃のカミソリを封の接着面に慎重に押し付けながら切り開いた。便箋を取り出して中を読むと元に戻して糊付けし、郵便受けに返した。(最近、おまえにラブレターが来てるんじゃないか、隠してるんじゃないか俺に話せよ)(おまえ、知ってたのか?知らない相手から六通も来ちゃってな驚いたよ)隆はこともなげに応えた。(おれは文通相手を求めたこともないし人違いしてるんじゃないかと思ったけど一人だけ女がいたんでその女と文通することにしたよ。あと、五人ほど来てたけど、男だったし、文章に惹かれることもなかったんでやめたよ)といった。
隆は進学塾の講師のバイトをしていたので帰宅はいつも午後十時を過ぎた。徹は実験や研修に追われていたが帰宅は隆より早く、盗み読みはほとんど成功した。
相手の女は二十歳であった。商業高校を卒業し、警備会社に雇われスーパーや書店の万引きの監視・警備をしていたが辞め、自宅で家事手伝いをしていた。後に隆と結婚することになる玲子であった。
盗み読みはスリルがあり、ドラマを観る以上に興奮した。徹は
その快感にはまり、玲子からの手紙がまるで自分へのラブレターと錯覚しそうになることもあった。帰宅すると共同の赤い郵便受けに目をやった。それはブリキ製でフタもなく、アパートの二階へ上る階段のそばの壁に一本の釘でとめてあった。階段には屋根があったので雨にぬれることはなかったが当時はそんな郵便受けは珍しくはなかった。
玲子は埼玉県の郊外に住んでいた。農業を営む父母、姉といっしょに住んでいた。姉は一女を連れて離婚して戻っていた。玲子は小説を読んだり歌謡詩を書くことが趣味であった。歌謡詩のコンクールに一度入選したこともあり、自作の童謡の詩を手紙の中に紹介したこともあった。幼児の心がよく現された作品であった。作詞教室に投稿したり、有名な作詞家が開く講習会に参加したりしていた。農作業を手伝ったりもしていたが、会社をなぜやめたかは書いていなかった。
便箋の枚数は最初、三、四枚であったが十枚、二十枚、三十枚と増え、白い封筒を膨らませていった。内容は日常の人間関係が多く、彼女が自分を反省する(邪推)(わがまま)が随所に出てきたが、どこか暗く他者に対する猜疑が散見された。封筒が膨らんでいくにつれ、妄想ではないかと思われる部分が混じるようになり、徹はインターンで自分が担当する患者の文章を読んでいる気分になった。
![]() 火炎p26 |
![]() 火炎 |
![]() 火炎p28 |