恐ろしい声が起こり、腕、足、手、頭、胴がばらばらになって落ちてくる。魔術師がロープから降りてそれらを拾い集め、籠の中に入れ、布をかけて呪文をとなえる。布をめくると無傷の少年が笑いながら出てくる。
徹はその謎を解こうと考え、魔術師にあこがれていた。が、そんな職業は不安定であると父に諭され、自らも理解した。己を含む人間心理を研究し、魑魅魍魎の世界を探り、あわよくば人間達を支配する魔術師みたいになりたい、その願望は消せなかった。それが精神科医への道であった。
大学に入学して部屋を借りる時、徹は佐藤と隣どうしの部屋を選んだ。佐藤は同じ高校のマジシャンクラブに属す親友であり、二人は仲が良かった。美咲と同棲する三年前である。
徹は高校時代にフロイト全集を読破し、大学に入ってからはユングの著作に挑み始めた。二人は師弟の間でありながらその発想の違いは顕著であり、ユングが物理科学へ傾き、東洋思想にひかれたことにはなぞめいた部分があった。
ユングのシンクロニシティ、(偶然の必然)に彼は興味を抱き、特に男女の結びつきにそれをとらえた。
そこであることを思いついた。昭和50年代であるから、パソコンやケイタイでの出会い系サイトなどはなかった。新聞や雑誌での文通欄による(文通相手求む)が男女交際のきっかけになることが多かった。徹はいたずら心もあって、佐藤隆の名前を使って新聞に文通相手の募集をした。(男女のちがいなく生涯の友を求めています)という呼びかけを彼に隠して投稿した。これに誰が反応して、どんなことが起こり、どんな結末を迎えるか、その経緯はシンクロニシティの実験になりえた。デパートの屋上から紙つぶてを投げて、路上を歩いている誰の頭に落ちるか、そんなスリルとゲーム感覚があった。
同時に美咲は佐藤隆に惹かれているふしがあった。徹の部屋に彼女が遊びにきた時、夕ご飯のおかずに鳥のから揚げをつくったのだが、そこにいない隆のぶんまで作った。隣室の彼が帰宅すると彼女は笑顔を浮かべ(隆さんが戻ってきた)とつぶやき、揚げを持って行った。戻ると、顔を伏せて徹に(ごめんね)といったのであった。隆に心が惹かれていたことをわびたのにちがいなかった。
隆に文通相手を引き寄せることは美咲から遠ざける効果がある、と徹は判断した。
募集の記事は三週間後、新聞の(読者の欄)に出た。徹は新聞を手にして確認した。自分が書き送った文面と隆の名前・住所がそのまま載っていて、彼はにんまり笑った。
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