部屋の中には彼女しかいないのだから彼女に向けられた言葉である。テレビもラジオもパソコンもスイッチは切ってある。
玄関先の小道は車一車線分の広さで通行人や散歩者達が時々しゃべりながら通る。その声にしてははっきりしていて間近すぎた。
彼女は立ち上がって窓を開け、庭を見回したが人影はなかった。
確かにその声は聞こえた。彼女は幻聴にかかるタイプではなかったし、そんな声を耳にしたのは初めてであった。
ソファに戻ると彼女は耳を澄まし、天井やソファの下を見回しながら、声のありかを探し、次の声を待った。
本棚を取り払った後の白い壁を眺めていた。それは白い壁のまま残っていて何もない。
白い壁の中から聞こえた気がした。
(そんなところで何をコソコソしてるんだ)
言葉を振り返ってみた。
(コソコソしている?)
誰が?
自分しかいないのだから自分に向かって言ったにちがいない。
コソコソしてるわけではないが、的を得てるところはある。
声は夫のものではないか?
いや、夫の声ではなかった。
彼はこの世にはいない。
幻聴だったのか?
幻聴かどうかの判断くらいは出来る。
彼女は体を硬くして次の言葉を待った。
パソコンに接続された小型スピーカー、そこに点ったマッチ棒頭ほどの豆ランプを目にしたが、彼女は見過ごした。後にそれが緑色であり、入力状態を現していたことを思い出した。
何か起こったのだろうか?
わたしではわからない。
メカに詳しい智樹に相談しようか?。家に呼ぶには人目があり、家には招かないことにしているが、電話でも話はできる。
彼女はソファに腰を降ろした。両手の肘を踝の上に載せ両手の指を絡ませながら、考え込んだ。
十分たっても次の声は起こらなかった。
耳を研ぎ澄ませながらも考えは勝手に巡っていった。
違う考えが混じってきた。
わたしはこのままこの家に独りで住むのだろうか?
そう考えると彼女は恐怖にとらわれた。
娘は予想通り、イギリス国籍の夫に捨てられた。
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