彼女はおどけた顔を見せ、白い歯並を広げた。
濃い一本線の眉と白い歯はたがいを際立たせ、若さの魅力を現したが智樹はそこに彼女の激しい気性が潜んでいるのを知っていた。
「十年前のはひどかった、あの時は黙っていたけど」
彼は言って(十年前)の消したい出来事を一瞬よみがえらせ、口がすべったと後悔したが、それは彼女と世間並み家庭生活を営むことでで帳消しになってると判断した。
芳恵は笑顔を崩さず、過去に引きずられてはいなかった。
もう一人の男と三角関係になり、面倒な状態であったがなんとか解決できた。
「掻き揚げって油の温度の加減がけっこう難しいんだ」
と言って海老に噛み付いた。内臓に生臭さが残っていると美味しいのだがそこまでの味付けはプロにしか出来ないであろう。
芳恵は智樹にビールを注ぎながら上目使いに彼を見た。
彼は視線に刃先を感じた。
沈黙に緊張感がまじった。
智樹は浮気を読まれてるのではないかと思い後悔の念をよぎらせた。
世間の常識を守る無難な人生、それが一番良いのかもしれない。しかし、おれはそんな生き方をする気はないし、出来もしない。
智樹は二杯目のビールで喉を潤しながら、思った。
芳恵が不倫を知った時の怖さはあのイケメン男との出来事で十分わかっている。快楽と苦痛、恐怖はいつも裏腹にある。苦痛が深ければ深いほど快楽は強いから、苦痛が嫌なら快楽は最初から求めないことである。
無難な生き方。
それは死んだも同然の生き方ではないか?
多難な生き方。
それこそ俺の生き方である。
たとえ夜盗虫と陰口を叩かれても。
それは彼が女を横取りするという意味であったが、彼にいわせると付き合い始めた時男がいたにすぎないのである。
いや、そうであろうか?
盗みは楽しい、と新聞に書いてやったら世間はどう反応するであろうか?
(ハッハッハー)
さすがのオーナーも俺を解雇するであろう。闇組織から声がかかるかもしれないが、彼らだってそんな本音を出しはしない。
「あんたあ」
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