印税まで稼いでいる。
何ということだ!
詐欺ではないか?
「三年前だったかしら私の顎に頭突きを食らわせたわ。」
亭主が分譲マンションのことで怒りを爆発させたのだった。
「もう、腫れは引いたみたいだね」
智樹にはその言葉が瞬間移動し、自身が頭付きを食らわされ痛
みを覚えたのを憶えている。彼女の顎に手を伸ばして撫でてやったことも。
「その前は飛び蹴りだったね。六十近くてよくやるね。空手でも習ってたのかい?って俺は言ったよね」
「もともと短気だったけどひどくなっていたのよ。どっちかというとスポーツは苦手で、気も小さいのよ。大学の医学部時代に同級生とマージャンをやって、負けた者が深夜に安置室に行って死体のチェックをすることになったんだけど、あいつは怖くて行けなかったのよ、ってわたしはあなたに答えたわ」
「気の小さい奴ほど爆発したら怖い。今度、暴力を振るったら警察を呼びな、って言った」
「それが出来ると思う?評判の精神科医の家にパトカーが来るなんて、ってわたしは言ったけど、もうそんな心配はいらないわ」
彼女は薄笑いをしたのだった。
「さっき気になったんだけど、あのカーテンの裾、揺れていない?今も、一瞬揺れたみたいだったけど」
智樹は窓辺を顔で指して言った。
彼女は表情を止めて注視した。
「揺れてないわ」
言って立ち上がり、まさか外から私達の姿は見えないわよね、と言いながら窓辺に寄って行った。
カーテンの裾をめくり、ガラス戸がぴったり閉まっているのを確認すると、ソフアに戻って座り、二人して粗目のガラスを見つめていた。
「だいじょうぶ。あなたの勘違いよ」
言って彼の手を握ったが彼はそこに不安を感じた。
 「錯覚や思い込みは誰だってあるさ」

 彼は軽く往なしたつもりになった。 

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