三十を超えていた。いつまでも音楽界で認められず、子連れの英国俳優と結婚する、と言い始め、無制限に使えるクレジットカードを父親から貰っていた。留学したのは男を漁るのが目的だったのではないか、しかも国費・税金を使って、と美咲の妹が陰で非難し、その男に金を狙われているだけよ、とまで言われた。
勉はマンションで独り住まいをし、月々の生活費を送ってもらっていた。三十に近づいても画才を認められたことはなかったが、自分は天才だと自惚れていた。絵を人に見せたことはなく近頃は絵筆を取った跡さえなかった。
外に出るのが怖く、人の視線に耐えられなかった。そこに自分の実体が鏡のように映し出され、実像を見るからである。自分の目が他人の目になって見ていたから他人以上にきびしく、正視に耐えられなかった。
著名な精神科医が引き籠もりの息子を立ち直らせることも出来なかった、と言うのが事実であった。それは社会的にみて父親の弱みであり、生活費は要求しなくても送ってくれた。生活費に困って犯罪をおかしたり、みっともない仕事につくよりはましであり、勉は一生親に依存出来ると計算していた。父親が大学の名誉教授にでもなれば一生申し分のない金が入ってくる、と考えていたが亡くなり、予想は外れた。
勉は何をするわけでもなく、部屋に篭ったまま夢想に耽っている。
ゴミ出しも部屋の掃除もせず、カーテンは閉め切られたまま、隣近所との付き合いもない。
と、美咲は言う。
賃貸マンションの管理会社から、美咲の家に電話がかかってくる。住人達から気味が悪いと、と苦情が出るので勉を退去させてくれ、と、頼まれる。アパートからマンションに住まいが変わってもそんな有様である。
分譲マンションなら所有権が生じるのでそんな問題は起こりえない、と判断し、美咲は夫が亡くなる前、分譲マンションを買い与えることを考えていた。それを亭主に何度も要請したが、いつまでもはっきりした返事をしなかった。強く迫ると、金の事より、勉の存在が彼に絶望と怒りを巻き起こすのだった。
不肖の息子がおれの誉と地位を踏みにじるどころか、汚名まできせてしまう。
精神科医が精神障害の息子を持ち、メンタル・クリニックを経営しながら息子を治療することも出来ない。加えて彼は大学教授の地位にあり、学生を指導し、テキストや専門書を出し、
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