現実のそれではなくもっと深い奥底に蓄えられていたエネルギーがうごめき、有無を言わさず動かしたのであった。
「寒いね」
と言って智樹は両手を伸ばし、美咲の両手を握り、包み込んだた。
彼女はあがらわなかったし、彼も罪ある行為とは思わなかった。
寒かったから手を握り合った、それは化学反応みたいなものであったから道義的責任をとられることではなかった。
が、彼らは自己内部の潜在意識を読みとることはできなかったし、それから先の行為は潜在意識に沿って、あらかじめ設定されていた未来をなぞっていっただけにしかすぎなかったのである。
二人は現実感覚を持ちながら、抜け殻になっていた。夢遊病者のように誘われて考え、動いていった。
智樹は包み込んだ美咲の両手を自分の顔まで引き、頬に当てると、「冷たいね」と言った。美咲は引かれるままに腰を移動させ、半身になった。立ち上がり、それにつられて智樹も立ち上がった。
二人は向き合い、目と目を合わせて一つになった。智樹は彼女の背中に両手を回して抱いた。あらかじめ決められていたことのように美咲も両手を智樹に首筋に回して抱いた。
これが定点であった。
(ここではいけないわ?)美咲は言おうとしたが言葉は消えていった。
唇を求め合い、体で確かめはじめた。智樹の両手は美咲の尻に回って抱き、美咲は舌を彼の口の中に入れてきた。
パラレル・ワールド、つまり平行宇宙であった。現実の意識が何本かに枝分かれし、別々の世界の出来事のように決して交わることはなかった。
(やってはいけないこと)は芯をつくって伸びていた。それでいながらもう一本の快感はきちんと智樹の体の中から化学反応を起こして伸び、強くなって、燃えはじめた。
導火線になった。
もう、このまま一直線に進むしかなかった。
智樹の脳裏のはしに芳恵が現れた、裏のドアである。
(芳恵はそこからやってくるにちがいない。接触事故だなんて言って俺と美咲を試しているのだ)
考えが湧いたが体は引こうとはしなかった。
時間が少したった。
彼は裏口から食堂間の床板がきしむ音を耳にしたが、思い込みだと半ば疑った。
耳を澄ますと、きしみが近づいてくる。
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