左手に隣の家が建っている。智樹の家が建った後にまわりに家が建ったので囲まれる形になったのだ。
彼女は向きをかえ、智樹の家の裏口にむかった。その並びの家は智樹の家をふさぐ形になっていて敷地がせまく家ばかり大きかった。家の二辺をまわると、一方通行の道に入った。右手に佐藤隆の家があり、目を向けた。洒落た家であった。一階の応接間に明かりがついているが、駐車場には二台の車しか止まっていない。人影もない。彼女は左手の智樹の家を見た。通りに面した台所の電灯は点っていなかった。少し歩いてその並びの智樹の仕事場にも点ってないのを見た。
(二人は応接間にいるにちがいない)
彼女は裏口の門扉を開けると、中に入った。
暗い中に立ったまま、気配をうかがった。倉庫が通りに面して立っているので、彼女と二人の息子達の姿はかくれたままである。
「お母さん」
長男が不安げに声を出した。
「もう少しよ、静かにしてるのはね」
彼女は言って彼の唇に人差し指を押しつけた。
背中の次男が眠っているのが傾けた頭の重量でわかった。
彼女は耳を澄ませた。
家の中からも外からも人声や物音はなかった。
智樹と美咲は石油ストーブに両手を開いてかざしたまま、ケイタイに芳恵の声を待っていたが、もしかすると来ないのではないか、自分達を試しからかっているのではないかと考えた。
(そうだ、あの女には意地の悪いところがあって、いやな目にあわされた。気分屋で振り回されたこともあった。今度もその手を使うつもりか?)
智樹は考え、美咲の表情をみると苦しげであった。
彼はテレビのリモコンをテーブルの上から取り、スイッチを入れた。
ちがう世界が画面に現れた。
十年前のドラマで、当時人気のあった男優が出ていた。刑事役になって犯人を殴ったり、ピストルを撃ったりして、はでに動きまわっている。智樹はとうじは格好良いと思っていたその男優が今では色あせて見えることに気づいたが、気分晴らしとかんがえて観るともなく観ていた。
約束の時間よりすでに二時間半がたっていた。
(芳恵は来ないだろう。俺をからかったのだ)
見えない糸に手繰り寄せられたというしかない。意志と呼べるものではない。衝動にちかいがそれともちがう。
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