「わたし、どうしようかしら?」
 彼女は立ち上がった。
窓辺に立って外をゆっくりと見回すと、厚地のカーテンを閉めていった。
「もう少し待てよ。芳恵から電話がかかってくるから」
智樹は答えてドアのそばに寄り、壁の電灯のスイッチを入れた。
石油ストーブのそばにもどると、ケイタイをテーブルの上から取り、芳恵に発信した。
電源が切ってあるか電波の届かない位置にあると、女のアナウンスが言った。
「おかしいな?このあたりで電波が届かないなんてありえない。電源を切るはずはない」
智樹は言ってケイタイをテーブルの上に置き、立てひざをついたままストーブの上に両手を広げてかざした。美咲はソファの端に腰を降ろしたまま、石油ストーブの反射面に向かって両手を広げてかざしていた。
 「寒いわね」
 「いつまでも暖まらないんだよこの部屋は。家全体が冷気をたくわえて冷蔵庫みたいになってしまう、冬は寒くて夏は暑い」
 二人はまだ寒さのほうに意識が向いていた。
 芳恵は(丸福スーパー)の駐車場に車を入れた。二十四時間営業のスーパーマーケットで駐車場に警備員はいなかったし、客の入りも悪く、閑散としていていつ倒産してもおかしくない店であった。智樹の家からは交差点をはさんで五軒目にあり、食料品の買い忘れの際には非常に便利であった。
 「これから家に帰るけど、静かにしてるのよ。わかる?」
 芳恵はエンジンを切ると、後部席の長男に声をひそめて言った。
 「うん」
長男はこれから何か起こる、という雰囲気をその言葉に感じとった。
芳恵は車から降りると、次男を背負い、長男の手を握った。
午後五時、人の顔はよく見ないと識別できないほどの暗さであった。芳恵はそのほうが好都合であった。隣近所の者と顔を合わせるなんて耐えきれなかったから。

 交差点をわたって歩いていくと、左手に民家、ボイラー工事店の事務所、店じまいをした理髪店、小さな空き地と並んでいて、誰にも出会わなかった。小さな空き地の中に入ると、智樹の家の応接間が見える。明かりがついていたので安心し、次に不安になった。(あそこに今、智樹と美咲が二人きりでいる)のだ。狭い通路が両側の家に挟まれ、その突き当たりに彼の家の門扉があり、 

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