ポットのお湯を注ぎに行くことを美咲は知った。
それにしても芳恵はどうしたんだろう、と美咲は考えた。
智樹が食堂間からもどってきた時、約束の日時が間違いないか彼に確認したがまちがいなかった。
智樹は美咲の湯飲み茶碗にお茶を注ぎ、次に彼のに注いだ。
「あ、そうだ」
彼は言って、テーブルの上のケイタイを取り、開いた。
芳恵の実家の固定電話の番号を選び出すと、ボタンを押した。芳恵の母が出たので、芳恵のことを尋ねると主人が新宮駅まで見送った、とこたえ、それから先はわからないと言った。なにかあったのかときいてきたので約束の時間に来ないと伝えた。
智樹はケイタイを閉じると、湯のみ茶碗に手を伸ばし、口につけた。
三時四十分であった。
あまりにも遅い、と二人は思った。
智樹のケイタイが鳴った。
彼は弾かれたように取り、開いた。
着信表示に芳恵の名前を見た。
「どうかしたの?」
「じつはなあ」
とのんびりした口調であった。
「そこに車で行こうとしてたらな、車同士の接触事故を交差点で起こしてしもうたんや。右折してて曲がりきらんうちになあ、相手の直進車がテールを擦って行ってしもうたんや。今、わたしは車を歩道に乗り上げてとめとるんや。警察に電話し、擦った相手が戻ってくるのを待っとるんやけけど来んのや。それにレンタカーやし、レンタカー会社にも電話して社員が来るのを待っとるんや」
「それは・」
智樹は考え込んだ。
「俺が手伝いに行こうか?」
「来てもろうてもこれは当人やないと対応出来んことやしな」
「でも子供がいるからな」
「だいじょうぶや。調書さえ警察にとってもろうとけばあとはレンタカー会社が動いてくれるやろ。遅うなるやろうから晩御飯は先に食べとってな」
芳恵はデパートのトイレの入り口に立っていた。
婦人服売り場の紅柄模様のワンピースの色を見ながら平然としゃべっていた。気にいった色で、春になれば着たかった。
|
火炎p145 |
火炎 |
火炎p147 |
