彼女は目前のロウソクが炎を揺らめかせてのを見た。
「こうしてはどうですか。あなたが約束の時間に二時間くらい遅れる、あるいは一時間くらいたって都合が出来て行けなくなったと電話をいれる」
「そして?」
「美咲さんがあきらめてすんなり家に帰るかあるいは?」
「あるいは?」
「長くつき合ってた男と女が二人だけで部屋にいるわけですよ」
「わかりました。二人の成り行きをみるわけですね」
「そうです。そのうえであなた自身が、わたしも先ほどからいろりろお話しましたけど、決めるのです」
第二十五章
化粧台の鏡に向かって自分の顔を見ながら、美咲は困惑していた。鏡から少し顔を引くと、視線を庭に外し、眺めるともなく松の木の枝ぶりを見た。
いつも智樹と会う前は、化粧に一時間はかけた。あらゆる化粧品と小道具を使って磨きをかけ、五十五歳の女が三十五歳ほどにも若返り、満足した顔が魅力を増すのであったが、その日はそうであってはならないことに気づいた。
芳恵と初めて会う日であった。
美咲は彼女の視線に長い時間耐えねばならない、謝罪し許しを乞わねばならない、智樹とは二度と会わないと誓約しなければならない、そんな日に派手な化粧は似合わないし、相手の気持ちをそれは逆撫でするにちがいない。かといってスキンクリームを塗り、口紅を薄く塗る程度の化粧では目尻の多くの皺、シミなどを、芳恵からもそして智樹からもかくせはしない。
一度、近くのスーパーマーケットに急ぎの食料品を買いに行ったことがあった。知り合いの店長を見て頭を下げたがけげんな顔をされた。相手は彼女の顔を見ながら、化粧をしてないというだけで別人だと判断したとのちに語った。
別人になって智樹に会う?
老婆になって智樹と会う?
彼とは別れもう会わないのだからと顔なんてどうでも良いと考えるべきであろうか?
迷った時はちがうことにとりかかり、違う視点から迷いを見直す、これが彼女のやりかたであった。
彼女はその日の家事の予定を思い返した。
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