芳恵はこの寺に三年間、二週間に一度は通った。教義がどうのというより、この大きな空間に抱かれて心が平らになり悩みや苦しみが消えることに気づいたのであった。それがなぜなのかわかりはしなかったが、やがてここが現実界ではなく違う世界でありどんなことも許され包みこまれると感じとったからであった。
 その若者はある歌手のコンサートに熱中していて、ライブに通いつづけた。その時間だけはすべてを忘れ、酔うことが出来た。ある時T教を知り、信仰していくうちに歌手と同じカリスマ性を釈迦に覚え、コンサート以上の陶酔感に満たされることがわかった。信者どうしの座談の場で彼はその入信のきっかけを話し、何人もが(よくわかる)とこたえた。
 お迎えの若い僧が芳恵に近づき、ご案内します、と告げた。
 彼女は二人の息子をお願いしますと婦人に言い、その後について行った。
 涅槃像は畳を横に重ねて二十畳分はある中に横たわり、その上に教祖の写真が掲げられていた。信者どうしの座談会でオブザーバーとして参加した若い男が、お釈迦様が本家なのにどうしてその上に教祖の写真が掲げられているのか?と質問したことがあった。先輩信者は(教祖様はお釈迦様の難しい経文をわかりやすく噛み砕き、調理した調理師のような存在です)と説明をした。信者達にとってはそんなことより信仰に満たされることのほうが大事であった。
 金箔に塗られた部屋があり欄干の趣向を施した部屋があった。すべてが極楽浄土をイメージしていた。
 「ここから狭いですから気をつけてください」
 若い僧は暗い階下の入り口で立ち止まった。
 下りの階段が降りていたので地下の部屋であった。若い僧は手すりの下の隠し戸の中からショクダイとロウソクを取り出した。マッチでロウソクに火をつけると、さあ、行きましょう、と彼女を導いた。
階段の壁には壁には小さな明かりが点っていた。若い僧が持ったロウソクの炎はゆらめき、生きていた。マッチ一本でどこからか現れ、彼女とつかの間の行動をともするだけである。彼女はその時炎に魅入られたことを事件の後にふと思い出すことになるのであった。
 階段はまっすぐゆるやかで彼女は若い僧の落ち着いた降り方に従った。一つの階段を降りると踊り場で、次は外界から閉ざされた地下であった。
 部屋は天井も壁も廊下も濃い茶色であった。真ん中に廊下が伸び、左右の部屋は重い引き戸で閉ざされていた。 
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