彼女の運転するレンタカーが高速道路を抜けて、都心に入るまでさほどの時間はかからなかった。
T教の本部は国立市養生町にあった。
彼女は本通りから反れて一車線の狭い通りにはいった。町並みが変わっていった。派手さやケバケバしさが消え、江戸時代に戻ったような引き戸、障子、襖、軒ひさし、わら屋根、道行く人の地味な服装など落ち着いた景観になっていた。本部の駐車場に車を進めていくと、彼女の心は安らいでいった。あたりは線香の匂いに染められ、そこはもうT教の世界、仏界であった。平和と安らぎに満ちていて、悩みや苦しみ迷いなどは吸いとられ消えていくおもいになった。町の財政、商店の客自体がT教でうるおっていたから、住人は信者か同調者であり部外者から見れば異界であった。歩道を占めた人々は信者ばかりで満ち足りた顔、優しい声、清らかな目が行きかっていた。歩道は毎日信者達によって掃き清められ、その端には花壇が設けられて可憐な花々が顔を見せていた。
寺院の玄関まで来ると入り口は大きく開け放たれていた。私服の一般信者達や袈裟姿の僧達が静かに行き来していた。
「あー、人が寝てる?」
長男が先立って歩きながら大声で言ったので、彼女は彼を制した。
「あれはな、お釈迦様というて立派なかたなんや。寝てるのではなく亡くなられた時の姿なのよ。涅槃像と言うのよ。あんたもそのうちわかるようになるわ。両手を合わせて拝みなさい」
彼女の言葉に彼は両手をたどたどしく合わせて頭を下げ、そばの次男もみよがしに真似た。
奥深い本堂の中から般若心経の読経が流れてきた。
彼女は立ち止まり、感動に胸が震え、硬くなった。目を閉じた。腹の底からその経文が生まれで、声は出さずとも、唇が動いていた。すっかり囚われ、終わるまで唱えていた。
それだけでも心が満ち、軽くなった。
受付には顔見知りの婦人が座っていて彼女に頭を下げた。
「お坊ちゃん達ですか?」と聞いてきたので笑顔を返してうなずき、住所・名前の記帳をした。
「今日はおうかがいをされるということですね。お迎えの人が来ますのでしばらく待ってください。お坊ちゃん達は児童室で待ってたほうがいいのじゃないですか?」
婦人のその言葉に芳恵は気がついた。長男を納得させ、次男も従わせ婦人の指差す児童室に二人を連れていった。
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