男は三十過ぎのように見え、汚れたジーパンに緑と赤のチェックのシャツを着ていた。
 (俺は世界一さびしい男なんだよ。この前も言ったろう?)
 男の言葉にニアーズはおどけて右肩を少し持ち上げ、思い出した、と言った。
 (金なし、職なし、女なし、友達なし、家庭なしさ)
 男は楽しげに英語でしゃべった。
 意気が良くどこかひょうきんな印象があった。
 超然さと迷いの混じった少年くさいところも感じられ、混合した魅力があった。
彼女は彼に英語で声をかけてみた。
 (そのわりにはさびしそうに見えないのはどういうわけなの?)
 (あなたはきっとぼくが持たないものをすべて持ってるんでしょうね?それは良いことです)
 (はい)
 (でも持てる者の悩みは、持たない者の気楽さでもあるんですよ。わたしは酒に酔う時は別人になるのです。酔ったときくらい人間はバカにならなくっちゃバカになる時がないじゃないですか。それがわたしの酒の飲みかたです。それじゃないと酔う意味がないですよ?)
 その言葉に美咲はうなずき、この男は普通とは違うタイプだな、と考えた。
 (あなたはどこから来たのですか?)
 ニアーズは男にたずねた。
 男は天井を指差し、(月から来たのさ)と応えた。
 (月はどんな気分だった?)
 ニアーズは笑いながら言った。
 (天国良い所一度はおいで、酒は旨いしねえちゃんはきれいやし)
 と彼は当時流行ってたフォーク・クルセダーズの(帰ってきたヨッパライ)を軽く歌いはじめた。
 (ここの椅子が寂しがってるみたいね)
 と美咲が誘うと、男は美咲のとなりに座った。
 彼女も小声で歌いはじめた。
 (何が飲みたい?)と彼が聞いてきたので(ジンライム)と応え、彼はニアーズにオーダーした。
 二人の話ははずんだ。
酔いと同時に英語というちがう国の言葉を使うこともあってハイになっていった。 
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