版記念パーティに招かれた。売れ行きを狙ったのであろう、(幼児からの家庭愛で人間は決まる)、という万人受けするテーマの本であった。パーティは業界の人間ばかりが集まり顔なじみが多く、にぎやかであった。
 彼女はそこで大学時代の親しい女友達に五年ぶりで出会った。尽きない話もあるので帰りにいっしょに飲もう、と誘われた。主人の徹は学会の出張で外泊する予定だったので彼女は気兼ねすることはなかった。
 女友達が連れ込んだのはコンパと呼ばれる大衆酒場であった。丸いカウンターが十も並ぶ広い洋風酒場には赤い絨毯が敷き詰められ、コンパというわりには豪華な雰囲気があった。茶色っぽいスモールランプに照らされたカウンターの中から、イラッシャイマセ!と笑顔で声を掛けるのは紺のチョッキに白ワイシャツ、赤いネクタイを締めた欧米人であった。インド系の色の黒い者がおり、金髪のヨーロッパ系、黒髪の東洋系もいて、口髭を伸ばしている者もいた。バーテンはすべての外人で占められ、マネージャー以上のクラスが日本人であった。
 女友達は馴染みのバーテンダー、(ニアーズ)の前に座ると、会えてうれしい、と英語でいって握手をし、カウンターに座った。
 ニアーズはパキスタン人で英語には独特の訛があったが、背が高く黒く整った顔立ち、見せる白い歯には独特の魅力があった。声が甘く、英国歌手のエンゲルベルト・フンパーディンクに似ていた。美咲の女友達は自分の英語の能力を試すのと外人の珍しさを見せるためにも彼女を誘ったのであった。
 美咲はジンフィズを飲みながら、女友達が英語で親しげにニアーズと喋る内容に耳を傾け、だいたいの内容が理解出来ることを知った。話し仲間に入ろうとチャンスをうかがっていたが二人はビートルズの話に夢中になっていた。美咲ははビートルズにあまり関心がなかった。
まわりを見回すと、午後七時というのにほとんどのカウンターが男性客で埋まり、調理場から運ばれてくるイカの鉄板焼きがショウガの匂いを振りまき、焼肉やから揚げの匂いがむせるほどでその匂いも手伝って彼女は酔いはじめていた。
 一つ空いた美咲の隣の席に一人の男が座った。
 ニアーズと馴れた握手をし、久しぶりだな、と流暢な英語で言った。
 (あなたはいつも独りで来ますが、どうしてですか?友達はいないのですか?)
 ニアーズはキープされたウイスキーの水割りを作りながら、言った。 
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