実は彼にも予想はつかなかったのだが、この際オーナーとはちがうことを言うべきだと判断した。同じことをいうのであればこの議論の意味がない。
「T教はマスコミを完全に支配してるんだよ。この十年間の新聞、テレビ、小さな情報誌、それに週刊誌だよ、T教に関するスキャンダル、あるいは信者のスキャンダルが一件も載ってないんだぜ。週刊誌さえ載せないんだぜ。そんなことってありえるか?逆に新聞が宗教関係の特集記事を組むとその下には必ず取材先としてT教が出てくるんだよ。おかしいとは思わないか?」
五十過ぎのオーナーは脂ぎった顔を赤らめて、まくし立てた。
「それはそのとおりですが、それだけの権威を握った者は少々のことではぶれない組織になってるんですよ。リスク管理もじゅうぶんだし、余裕がある。オーナー、十万部も余計に発行して買い取りがなかったらそのまま赤字になってしまいますよ。いくらだと思いますか?」
「一千五百万円じゃないか。そんなことはわかっている」
椅子に座ったオーナーは大きく脚を組んだ。
「こういう見方も出来ますよ。たかだか発行部数が五万のわが社でしょう?五万人が読んだとして日本の人口の何パーセントですか?」
智樹は言った。
こんな議論の時、彼は遠慮会釈がなかった。
「ふん。無視されるっていうことか?」
「ありえますね。相手はこちらの動性はきちんとうかがいながらいざ弱みを握ったら一気呵成に攻め、つぶしにかかる」
「うん」
「どうですか、十万部の増刷をするよりこちらも平常心でかまえたら?」
「そうだな、お前の言うことには一理ある」
オーナーは脚をゆっくりと組みかえた。
昨日、智樹は自宅の仕事部屋で新聞の原稿をパソコンに打っていた。そばの通りから甲高い奇声が飛び上がり、驚いてカーテンを開けて、通りを見た。杉の垣根の間から三、四人の小学生達がつるんで下校していた。ふざけあっていただけであった。
じゅうぶんに眠れない夜が続いた。
美咲と智樹の間ではっきり別れる話がついていた。
電話のやりとりはあったが三ヶ月間会っていなかった。気にはかかっていたが智樹の気持ちのバランスが崩れることはなかった。
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