キッチンで自分の汚した茶碗を洗いながら、夕食のおかずは何にしようかと考える。たった独りの食事のために肉や魚をさばき、ジャガイモ、ニンジンの皮をむいて切る。調理を終えて、食べる頃は匂いだけで腹の中が満ちている。外食は食べ飽きてしまった。カレーライスを一度つくれば三度同じものを食べなければならない。
智樹は自宅で独り食事をするたびに落ち込んでいった。
別居して二ヶ月がたっていた。
芳恵に電話を入れ、オートロック式マンションの安全性を訴え、今の家から車で一時間も離れた所に良い部屋を見つけた、と話した。朝日と夕陽が入る角部屋で、3DKの広さがあり、家賃も手頃であった。
「あんたの気持ちはわかるけどな、わたしにはあの出来事がまだ消えんのや。おれの女を返せ!なんてな。あれは誰が言うてまわったんや?」
芳恵は声をひそめて言った。
まわりに父母や息子達がいるのであろう。
智樹はこたえられず、まだ呼びよせるのは無理だと判断し、また記事へのT教の反応がはっきりしない限り、早いのではと考えなおした。
市民新聞の百号、それは記念号でもあったが10月17日に刷り上げられ、20日には個人あるいは法人宛に届くようになっていた。T教の本部には掲載の予告をした99号が9月20日に書留で送られていた。
その日は9月21日であったが、会社をあげて警戒態勢に入っていた。電話を集中的にかけてきて業務を妨害することや有力者、闇組織を使って発行を阻止することが予想された。オーナーは警備会社を雇い、私服の警備員が二十四時間事務所とオーナーの家、印刷所を見張っていた。不審なことが起こればカメラやテープにとり、警察に通報することになっていた。
智樹はオーナーの家に呼ばれ、彼の部屋で議論をしていた。
オーナーは15万部を発行し、T教が買い取りを言ってきたら10万部を売りつけるという方針を変えたくなかったが、ちがう考えを求める柔軟性はあった。
智樹は相手の弱みを握って売りつけることじたい好ましく思っていなかったが、金になればそれも一つの方法だし相手が屈服したことになると考えた。
「それは当然T教がどのように出てくるかにかかってるわけですが、今の時世で買いとるなんてことをしたら逆に弱みをつくりマスコミの良い餌になりますよ」
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