を着て腰掛けた彼女の太腿に頭を預けていた。目を閉じたまま、後頭部に感じる肉の膨らみと弾力、その奥から快楽の余韻を取り込みながら、死んだようにぼんやりしていた。
 「ジャンプしなかったね?」
 智樹は言った。
性行為で絶頂に達しなかったことを示していた。
 「うん。でもわたしはじゅうぶん満足よ」
 「どんなもんかな?」
 彼は言って考えを巡らせた。
 一度しかジャンプしない女、二、三度ジャンプする女、十度もジャンプする女、ジャンプしっぱなしになる女、そして、ジャンプ寸前で燃えつづける女。
 彼女は一番最後のタイプの女であり、彼にとって初めてであった。終わりのない性行為を続け、彼女は(もう十分満足したわ)といってその場の終結を望んだが、彼はあくことなく続けた。ほどよいところで切り上げざるをえないわけだが、終わり、つまり彼女が昇天する時どんな状態になるのか予測はつかなかった。
 「もし、わたしがジャンプしたとしたら自分でも想像するのが怖いんだけど」といって口をつぐみ、「実はわたしは幼い頃にテンカンの発作があったのよ」
顎を持ち上げてつけ加えた。
智樹はテンカンの症状の本質は知らず、突然の言葉に反応を失っていた。
彼女は交接中、彼の舌を口の中に入れさせなかった。
興奮のあまり噛み切ってしまう恐れがあったからである。噛み切られそうになったことも幾度かあったので彼は舌を入れないことにした。
彼女はおとなしかった。
動じなかった。
芯の強い、独立心のある女だ。
美咲はおれに心を完全に許してはいない、と智樹は考える。
だからジャンプしないのだ。
おれは彼女に執着し続けることになる。俺に心を完全に許してしまえば魅力を失うに違いないが、いつまでも漸近線を描いて交わらず、途上のままにあるのだ。それがいつまでも挑戦する気を起こさせる。

 美咲の亭主は(人の風景)というテレビの番組に出演したこともあった。温厚でやさしく、平易な言葉で病理を説明し、治療に至る過程を説いた。ドイツで発明された自律鍛錬法を人心内科にまで広げ、東洋哲学にまで敷衍していた。

前
火炎p12
カテゴリートップ
火炎
次
火炎p14