笑いながら、動かなかった。
「ほうら、ようく見ていろ!これがおまえのお父さんの姿なんだよ。こうして女遊びばかりしてたんだよ」
怜子は彼女の手を振りほどこうとする長男の手を離さず、引き戻した。
背中の次男は狂ったように泣いていた。
 火は燃え上がり、彼は熱さを皮膚に感じながら、大変なことになった!と思った。女の手を取ってひっぱり、裏口から外に出た。車に乗って会社に向かうつもりが、海岸線の道路を遠回りしていた。
 隆は窓辺から庭の立ち木を眺めながら事件の光景の中で生きていた。四十年前のことなのに数秒前の時間感覚でよみがえり、彼は現在からすっかり遠ざかり、現在を忘れていた。
 あの事件は終わったはずなのに、
と彼は思い返した。
 おれに何をしろ!、というのだ。
 何も出来はしない、終わったことなのではないか。
隣の車庫の電動シャッターが金切り声を上げた。
彼は肩を震わせた。
電動シャッターはキリキリ声を震わせながら、彼の心に忍び寄ってきた。
玄関先で金切り声が起こった。
彼は心臓を震わせた。
孫娘が声を上げ、妻と長男の嫁、孫娘の帰宅を告げた。隣の娘と同行した入園式が終わったのだ。
 玄関のドアが開くと、ハッピ姿の孫娘が声をあげた。
 彼はその姿を見つめた。
 「じっちゃん、もうわたしは赤ちゃんじゃないんだからね!幼稚園にいくんだからね」
 彼女は叫んで、靴を脱ぎ、手提げかばんを床に投げ出した。
 隆がその言葉に部屋から出てくると、消防時に着る防火のハッピをきた孫娘は彼に見向きもしなかった。床に腹ばいになってゲームのカードを並べはじめた。
 その幼稚園は人気があった。入園するのがむずかしくイベントや行事に参加してコネをつけ、入れた。女の園長であったが明治生まれのせいかしっかりした教育をした。冬には園児たちの上半身を裸にして校庭に集め、天つき運動や乾布摩擦をさせて鍛え、人間の自然力を重視していた。風邪をひく子供などいなかった。
 「お父さん、今晩はカキ鍋だけど良い?」

 妻が言い、長男の嫁がスーパーのビニール袋をふくらませて妻のあとからついてきた。 

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