「上がりませんか、こんな所では」
 智樹は言った。
 彼は靴を脱いで上がる時にもたついた。
部屋の真ん中に来ると、一升瓶を横に置き、だらりとした姿勢のまま胡坐をかいた。
 「突然、邪魔したみたいだけど、これが空になるまで怜子の話をしたいんだよ。酒でも飲まなきゃあの女や火事のことはとうてい話せやしない」
 言って、一升瓶の封を切り、栓を抜いた。
 智樹は小さな座卓の上に置かれた本やビデオを片づけ、座布団を前において彼を招いた。
 「考えてみりゃ怜子が妄想狂、偏執狂だってことはわかるけど」
 言葉をとめた。
 智樹はコップを台所から持ってくると、佐藤のコップに酒を注いだ。
 「なぜ、俺があの女と結ばれたかっていうことなんだよ。結ばれてなければあんな悲惨な事件なんて起こりはしなかった、そうだろう?智樹さん」
佐藤は言い怜子と知り合ったいきさつからすべてを話した。
 智樹は無言で聞き、うなずいた。
 佐藤は高橋徹が文通欄にかってに佐藤の名前を使ったことは知らなかった。知ったとしてもそれはあまり問題にしなかったであろうことは次の言葉によってであった。
 「はっきり言おう、あの女はニトログリセリンまで飲んでたんだ。狭心症の発作を起こしてたんだ。その女に体を求め、セックスをした俺なんだ。先に布団の中に入ったおれのそばにあいつは明け方近くまで座っていたけど、あの女は死んでもいい、と言って体当たりするように布団の中に入り、俺にしがみついてきた。身勝手で罪なことをしたんだ俺は。愛なんてなかったし、そのまま性に引かれて結ばれてしまった。これが本当のことなんだよ」
 佐藤は言って、グラスの日本酒を一気にあおった。
 智樹は唐突な告白に言葉が浮かばなかった。
 「そのことをあいつは知っていた。だから嫁いできてから(祝福のない結婚)ってたえず言っていた」
 智樹は酒を少し呑むと、目を閉じた。
 「佐藤さん、あなたは純粋ですね」
 智樹は言って次の言葉を考えた。
 「ぼくだったらどうするだろうなあ?」
 彼は目を閉じた。 
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