芳恵からの電話であった。
一ヶ月がたっていた。
ものめずらしさが混じって田舎に溶けこむ様子が伝わってきた。
智樹は安心し、ひそかにこのまま別居の状態のほうが自分の気持ちも落ち着くと考えた。
「上の子がな。鶏をはじめは怖がってたけどな、毎日、餌をやるようになったんやわ。畑でとれる大根の葉っぱとかキャベツの葉っぱをな、自分で包丁できざんでな、米ぬかと混ぜてやりよるんや。夜になって鶏が止まり木にとまって目が見えんようになった頃な、こそっと忍び込んでな懐中電灯で照らしてな、卵を取ってきよるんや」
「ほう」
智樹はその様子を思い浮かべて喜んだ。
「あんたがな、美咲さんと会うてないことはわかっとる。そやけどそっちの家におった頃のこと思い出すともう帰りとうのうなったんや。このままお父さん達といっしょに生活しとうなったんや」
智樹は言葉が出なかった。
(息子達と俺は離れてしまう!)
そのことが彼に衝撃を与えた。
(いや、待てよ。芳恵は俺の家にもどることを嫌がってるのだから、今の俺の家からできるだけ離れた所に住むという方法があるじゃないか)
彼はそれを芳恵に伝えた。
「そうやな、その方法もあるわな」
消極的な口調であった。
彼女は自分が生まれ育った家に住みたいのだ。
智樹は(帰ってきてくれ)というのは自分の弱みをさらすことだと思った。
「子供達のことも考えてやらないとな。このまま離れた生活はあまり良くないよ」
と言った。
「それはそうやな。ともかくいろいろ考えてみよう」
彼女は言い、彼は了解した。
夜、智樹は仕事部屋をかねた自室にいた。
パソコンに向かって座り、首を少したれ、目を閉じていた。両手を開いて組み、外側に向けたり戻したりしていた。緊張と弛緩の入り混じった状態であった。
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