おれは彼女を追い求め、男と戦うだろうか?いや、そうはならない。これまでの女との出会いの体験を振り返ってみると、おれは何度か女の真意を確かめ、自分に未練がないと分かればそのまま放置し、女は二度と寄ってこず、関係は切れた。
 おれが美咲以上に魅力ある女に出会い、関係を持ったとしたらどうだろうか?芳恵の怒りと悩みは消えず、同じことではないか?
 自分の気持ちがモヤモヤしストレスと不安をかかえていることがわかる。何が起こるかわからず、自分自身もキレルかもしれない。
 「記者さーん!」
 といったような声が墓所の入り口の小道からつたわってきた。
 知らない主婦が乳母車に手をかけ、彼のほうを見ていた。
 親しげな表情である。
 記憶がよみがった。市民新聞で(赤ちゃんコンテスト)をもよおしたとき、応募し、智樹が取材で訪れた家の主婦であった。乳母車の中で寝ている幼児は(萌ちゃん)にちがいなかった。
 彼が歩み寄っていくと、主婦は待っていた。
 彼が、お久しぶり、お元気ですか?と問うと彼女は白いパラソルを傾けてたたみ、笑ったがどこか表情がかたかった。
 萌ちゃんは心地よさそうに眠っていて、よく見ると一年前より顔立ちがはっきりしているのがわかった。
 彼女は乳母車の下のもの入れに手を伸ばし、A4サイズに印刷された紙を取り出し、彼の目の前に差し出した。いつでも人に手渡せるようにそこにしまっているようであった。
 「隣に越してきたKさんに困ってるんですよ。市役所の掲示板にわたしの家が中傷されて」
 彼女は長々と話しはじめた。智樹が紙に目を通すと中傷の記事をプリントしたものであることがわかった。
 家を新築して、小道をはさんだ隣に越してきたKはタオルをもって挨拶まわりをした。温厚な男に見えたが、半年後に彼の浴室の窓に張り紙を出した。
(覗き見は許しません!警察に通報します!)

 浴室は裏の家と境の場所に位置し、張り紙はその家の人にしか見えないからあてつけであった。そこは両親が若夫婦、孫といっしょに住み、覗き見をするような家庭環境ではなくそんな者は隣近所にいなかった。(ここは良い人達ばかりですからそんな人はいませんよ。あの張り紙は良くないですよ)と主婦がKの主人に告げたときから彼は感情を害し、中傷がはじまった。(この団地は良い人ばかりが住んでいらっしゃるようですが、けばけばしい 

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