けれども嫌な予感はのこった。
あの事件がこれで片付くわけではなく流れはきちんと残っているのではないか?それは口には出さなかった。
智樹がオーナーに詫びを入れると、オーナーは取材の予算を出したのにと不満を漏らし、新聞の信用に傷をつけたと非難した。智樹は今後の紙面でつぐなうと言い、許しを乞い、市民新聞に掲載中止と謝罪文を出すことをなんとか認めさせた。ドキュメント・シリーズ「飛び火」は連載中止になった。三十件ちかい抗議の電話と手紙、葉書が送られてきたので、智樹はフィクションという形で出版する決意を紙面に発表した。フィクションであればストーリーの操作も誘導も自由にできる。
第十八章
その日は中学校のイジメ事件を取材するために戸建ての団地をバイクで訪れていた。気の弱い中学生が悪友達に(髪が長すぎる)と因縁をつけられた。生徒達の前でズボンを脱がされ、トイレにこもって泣いた。父親がそのことを知り、いじめた中学生5人を自宅に呼びつけて怒鳴りつけ、顔を叩いた、という出来事であった。新聞勧誘員を装って聞き込みをしようとしたが勧誘は断られるケースがいとわかっていたので逆に好都合であった。もし購読の希望があれば名前と住所をきいて新聞販売店に連絡し、行ってもらえば良い。
インーホンを押して訪問していけば(放送局)というニックネームの主婦にヒットするのが予想できた。どの地域にもおしゃべり相手を待っている女や男がいる。彼女らのおしゃべりは信憑性が疑われるが、事実をふくんでいることがあるからうまく活用できれば話のウラを取れる。彼女らは大手新聞社の名前を出すと信用し、玄関の中に招いて近所の噂話をたっぷりしてくれるのだったが、その日は出会わなかった。不景気のせいでほとんどの主婦達はパートに出ていて留守の家が多かった。
智樹は取材相手に出会えず、(祖先の墓)と書かれた大きな墓石のそばに腰をおろして休んでいた。そびえるほどの高さであったが縁者のない者達の墓であろう、花立には汚れた造花も見当たらず訪れた人の気配もなかった。
心を落ち着けながら考え事をするには格好の場所である。
美咲と別れる方法を智樹は考えた。
こんな状態が続いた場合どちらかが誘いの声をかければ二人は元のさやに収まり、もとの木阿弥になる可能性が強い。
彼女に男が出来て、自分から去っていく、としたら?
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