佐藤は思考の内に留めた。
「俗に言うヤラセなんですよ」
「ヤラセ?」
 智樹はおうむ返しに言った。
 「わからないですか?」
 佐藤は言い、
「書いた本人であるからじゅうぶんわかってるはずだ」
 彼は語気を強めた。
「現実は不思議なことに(飛び火)の犯人が向かいの家に越してきた。ということは周囲で火事が起こるらなければこのドキュメントは成立しない、そうでしょう?」
 智樹は急所を突かれた。
「たとえば二十件先で火事が起こったとしてもストーリーは成立する。三十件先でもそうだ」
 佐藤は一息入れ、
「これが物書きのやりかたなんだよ。読者を誘導するっていうやりかただ。書き手自身も誘導されているのに気がつかない」
 と言って笑った。
「そこまでは考えていません」
 智樹は佐藤の目を冷静に見た。
「ではどこでラストを迎えるんですか?」
 その質問は彼も考えていたが現実の進行に任せていたので決まっているはずはなかった。とんでもなく幼稚なアイデアだったと後悔した。
「あなたは自分の身の上を書けますか?小説家ならそれを売り物にして書けるでしょうが、あなたは新聞記者ですね、事実にこだわるのですよ。フィクションという逃げ道はない」
 佐藤は智樹の立場を的確にとらえていた。
 佐藤は智樹の返事がないことを見て、つづけた。
 「あなたが応えに困っているのはわかります。だが、わたしの気持ちがわかりますか?」
 佐藤の言葉は緊張と興奮に張りつめていた。
「じつはこの記事はある事件つまり親子焼身自殺を・」
 ここで佐藤は息をつまらせ、
 「俺が心にふさいでいた事件をお前が引っ張り出したんだよ。取材までしやがって!俺は怜子に対してなにも悪いことはしていないしあの焼身自殺の原因をつくったわけでもないんだよ。俺を悪者あつかいにしやがって!」
 語調が震えていた。 
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