父は日本酒を竹筒に注いだ。炎の周りに三本立てて、火にあぶって竹汁の混じった酒を一気に飲んだ。
体をうるおすための水分補給で、喉が渇いたから酒を飲むのであった。
父は高校生だった智樹にも呑ませた。
酒に飲まれず、酒を飲む強い男になるように、という暗黙の願いを智樹は感じた。
智樹は汗を流した後の酒に格別の旨さを覚え、体も気分も洗われる気がした。心地良い酔いであった。
二人は無言であった。
智樹は焚き火の端の方で小さな炎が肩を並べて揺れるのを見た。オキが時々崩れて鳴り、あるいは呻き、それらが生きているのを知った。小さな炎達がさえずり、小躍りし、歌ったり話をするのを聴いた。
火は勢いを増し、火炎になっていった。三メートルにも高く燃え上がっていた。驚いて見上げると竹の葉に囲まれた空があった。
風が吹くと葉が触れ合ってさらさらと鳴り、枝がぶつかり合って騒ぎ、次に幹どうしがぶつかり合って強い音を連ねた。
時々、炎の中から爆音が響いた。竹が膨張して割れ、燃え殻を飛び散らせた。
父は笑いながら、身を避けた。
「火とは不思議なもんだな。いつまで見ても見飽きることがない。昭和三十年頃だったかなあ、火葬場のない田舎じゃ棺桶の中に死体を入れてこの火の中に置いてたんだよ。棺桶の底を上に向けて焼くんだってよ」
父はつぶやいた。
「底を上にするって?」
「底に死体の水分が貯まって燃えにくくならないようにさ」
「なるほど」
智樹はその場面を想像し、不気味になりまた興奮した。
次に、おかしな気分が起こるのを覚えた。
「そうだね。みんなこの炎のお世話になって灰になり、この世からおさらばしていくんだよね」
彼は大人びた自分の言葉に感じいった。
「ほう、なかなか良いこと言うじゃないか」
父は言って、三杯目を呷った。
五年後に父は脳溢血を起こして、自宅の庭の松の木の根元に休んでいた。永遠の休息であった。
智樹はその姿を自分が物体のように無感動に見ていることに驚いた。ここで穴をスコップで掘り、埋めることは不自然ではなく、自然であると考えた。
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