空虚を覚えたがやがて自由を感じるようになった。
芳恵がいなくなってから智樹は来客の応対をしなければならなくなった。来訪のインターホンの音を仕事場まで聞こえるように大きくしていた。始めの頃は来客のチャイムが鳴ると、モニター画面で顔を確認せずに受話器をとっていたが、セールスマン、宗教の勧誘、リサイクルの回収業者、目的をはっきり言わない訪問者などが多いとわかりかれらに悩まされたので無用の来訪者には(仕事中です)といって切ることにした。
新聞の次号のトップ・メニューを考えている時にインターホンが鳴った。
食堂間に駆け寄りながら(仕事場まで線を伸ばそうか)と思案し、モニター画面に目を向けると、向かいの家の佐藤隆の顔が現れていた。
「あー、佐藤さんじゃないですか!」
と言うと、「ちょっと、お話がしたくて」と笑顔をみせた。
「いいですよ、一時間くらいなら、入ってください」
モニター画面で見ると、佐藤は門扉のフックを外し始めた。
芳恵が彼のことを言っていたが、智樹には智樹のつき合いかたがあるし、こんな場合第三者の言葉は参考程度に抑えておくべきである。
智樹はお茶を入れて、迎える準備をはじめた。
芳恵がいなくなったので玄関そばの部屋は応接間になっていた。そこに佐藤を招きいれた。
「お仕事のほうは順調ですか?」
佐藤はおだやかに言った。
「いまいち新聞の購読者が伸びてくれないですね」
智樹は急須から佐藤の湯飲み茶碗にそそいだ。
佐藤は少し背中を伸ばすようにソファに腰を降ろしていたが、上着の内ポケットから茶封筒を取り出してテーブルの上に置いた。
「なかなかよく書けてるじゃないですか。読者は増えてるはずですよ」
茶封筒の中から取り出したのは市民新聞であった。
智樹はおどろきを隠して、構えた。
「個人宛の読者には何件くらい新聞を郵送してるんですか?」
「二千件くらいです」
智樹はこたえて、佐藤の来訪の目的を読みとった。
「よく調べましたね、ドキュメント(飛び火)を最初から読みました」
佐藤は二通の市民新聞を開き、(飛び火)の欄を見せながら落ち着いて言った。
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