市営住宅の三階から冷蔵庫が投げ落とされたり、盗みや付け火がしょちゅうあった。万引き集団が結成した部落を捜査をし、三日間も帰してもらえず、因縁をつけられ脅された。貧困と犯罪が当たり前、地域全体が犯罪者集団であった。その実態を知らない人に話しをすると、怪訝な目を向けたが、思い返すと無事に勤め上げたことが不思議であった。殺されたり、重傷を負った者、暴力組織に誘い込まれた警察官が多くいた。
「この人は美咲さんとはっきり別れると言ってます」
芳恵は言い、智樹の横顔をしっかり睨んだ。
智樹は平然としていた。
「あなた、この場ではっきり言ってください」
「別れます」
智樹は顔をたてに振って言った。
「智樹さんには魔がさしてたんや。悪い人やない」
義父は言って智樹の顔をあらためて見、
「魔がさすことは何回かあるんや人生には、ただそれが恐ろしいことになる前に手を引ききるかどうかや」
とつけ加えた。
「智樹さん、あんたも都会暮らしに疲れたんやないか。良かったらいつでもここに帰ってきなはれ」
 翌日、運転席の智樹に言った。
 「ありがたい言葉ですが、仕事上・」
 「人脈が残っとるんや、それが遠のいたら仕事がうまく出来んし仕事を失うたら男は終わりや」
 「そうです」
 智樹は頭を下げ、感謝した。
 「パパ、いつ迎えに来るの?」
 長男が彼を見上げて言った。
 「今度ね」
 智樹は言った。
 「今度、っていつよ」
 長男は父親の顔色をうかがっていた。
 「心配しなくっていいよ」
 智樹は言うと、手を振り、発進した。
 
第十七章     
 

 智樹が帰宅し、独身時代の生活に戻り、ペースをつかむまでそんなに時間はかからなかった。料理は好きであったし、洗濯も四、五日分まとめて洗濯機でやった。妻子がいなくなって家の中に空間が広がった。 

前
火炎p106
カテゴリートップ
火炎
次
火炎p108