これが田舎の生活だな、と実感した。
目を閉じて、心を無にした。
禅の坊主であればここで解脱を求めるであろう。
「お母さん、これ、なあに?」
「火吹き竹っていうんや」
「ヒ・フ・キ・ダ・ケ?」
「こうやってな、火を吹きつけてやるんや」
「あー、面白い!僕にもさせて!」
智樹はその会話に聞き入っていた。
「あまり強く吹いたらあかんで、火事になるさかいな」
芳恵ははしゃいでいた。
俺と美咲の不倫がなければこの世界があるのだ。
俺はこの世界も好きだから、記者の仕事を捨てここに留まり、義父といっしょに農業をして生きていこうと思えば生きていける。
 あの喧騒と闘いそして肉欲の世界を捨てるか?
 捨てればこの世界が手に入る。
 だが、これだけでは物足りない。
 にぎやかな夕食をした。
 義父が鶏の首を絞めてつぶし、肉を解体したがさすがにその光景は子供達の目から隠した。料理はその鶏肉と庭で採れたネギ、白菜、ほうれん草、椎茸などをふんだんに使ったスキヤキで、豆腐、シラタキなどが入っていた。
 楽しかった。
子供達が義母と床に入ると、義父は智樹と芳恵を座敷に呼んだ。
二人は正座をしてすわり、座卓を間にして義父と向き合った。
義父は床の間を背にして言った。
「わたしがここでなにを言いたいのか、智樹さん、わかってはるな?」
彼はゆっくり話しはじめた。
「わかっています。このたびの件は芳恵からきかれてると思いますがわたしが悪かったのです、全面的に」
「男は世間に出ると七人の敵がいるというけどわしも世間のことはじゅうぶん知っとる」
義父は智樹の目を見た。

警察官を定年まで勤め上げた義父は口癖のように言っていた、わしは地面に這いつくばるような仕事をしてきたんやと。昼間から男達が路上に座り込み、ビールを飲みながら道を行く女をからかい、余所者を見つけると呼びつけて因縁をつけた。 

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