長男は喜び、興奮していた。
車から出ると、走り出した。
見ると鶏小屋に向かい、その前に立ち止まった。
こわごわと雄鶏を探しているようであった。
「ウオー、ウオー」
と声をかけた。
正月の里帰りのときは雄鶏に追いかけられて、逃げ回ったのであった。
「おー、着くのが速かったのう!」
芳恵の父親が裏手の畑から顔をみせ、母親も腰を伸ばして笑いかけた。
長男は納屋の暗い二階に上ったり、藁置き場で飛び跳ねたり、籾殻の中に八朔を見つけたりして飽きることがなかった。次男もおそるおそる長男につづいていた。
夕食を出され、フナの甘露煮を肴にして地酒を振舞われた。
義父が投網でとり、義母が時間をかけてつくり、いつもは正月のおせち料理にだすものであった。
義父はめずらしい話相手が出来て喜び、歓迎した。一週間初めて猿が山から下りてきた、よほど食べ物に困ってたんや、倉庫に忍び込んで干し柿を食うて帰ったとか、カラスの子が松ノ木の巣から落ちて庭にいたが二羽の親鳥が心配して近くでギャーギャー鳴いてうるさかったなど、田舎暮らしの話をした。
風呂は五右衛門風呂であった。
芳恵は焚口に向かうと、慣れた手つきで枯れ枝に火をつけた。
廃材や雑木を燃やし、中で火が広がるとそばに寄った子供達は好奇心に目を見張らせた。熱さを知って驚き、身をしりぞかせた。
「今の子供は火を知らないんだな」
智樹は言って、火の輝きを浴びた芳恵の顔に生気を感じた。彼女の瞳の中で踊る炎は生き物のように身をくねらせた。
「あんたあ、さきに風呂に入るよう、お父さんが言うてたわ、お客さんが一番先に入るんやて」
芳恵は炎を見つめたまま言った。
「お前達といっしょに入るか?」
立っていた智樹は膝で肩を押して長男を促したが炎に心を奪われたまま返事をしなかった。
智樹はしかたなく独りで入った。
鉄釜の湯の中に足を入れる時、怖さを感じた。円形の木の底蓋が浮いていたのでその上に片足をのせ、次にもう一方を押しつけていっしょに体を沈めていった。底蓋と鉄釜の間から熱くなった湯が昇ってきて下から上へ上から下へと循環していた。心地よさにうっとりし、体全体が温まっていった。
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