玄関間のほうで物音がした。
 二人の息子が食堂間のドアを開けて、
 「パパ」
 と笑いかけた。
 パジャマ姿になっていて、親子の象の絵が上着に描いてある。
 智樹は寄って来た次男を膝の上に抱いた。
 「パパは本当のパパだよね?」
 四歳の長男は智樹を見上げて言った。
 智樹は何を意味してるのかわからなかった。
 長男は芳恵の顔をうかがった。
彼女は黙って立ち上がった。
居間に消えた。
 俺が本当の父ではないと彼女が言いふくめ、子供を洗脳している。不仲になった妻がよくやる手口である。
 女は子供に父親の悪さを教え、父親から離して独占しようとするのだ。
 「本当のパパじゃないか。わかってるだろう?」
 智樹は言って長男の額に唇を寄せて強く吸った。
 長男は笑い、指を伸ばして智樹の顎髭の触り、その感触を味わいはじめた。
 膝の上から降りると、戸棚のそばにあるチリ籠の中に手を伸ばして汚れた布を取り出した。
 「パパ、これなーに?ママが捨てたんだけど」
 長男が持ち上げた物は汚れたテルテル坊主であった。
 二体あった。
 例の火事跡から持ち帰り、新しく布を被せて外の物干しに吊るしていたものであった。
 智樹は思い出し、おどろいた。
 手で受け取ると、ながめた。
 (へのへのもへの)の文字で顔が描かれ、智樹の長男と次男の名前が書かれている。芳恵が書いたものである。
 智樹は不吉さを覚えた。
 きちんと葬るべきだったものをいい加減にしてしまった。
 彼の悪い癖であった。
「こんな歌知ってるかい?」
彼は長男に呼びかけ、悼む気持ちでつぶやき歌いはじめた。
 
 てるてる坊主 てる坊主
 あした天気に しておくれ
 いつかの夢の 空のよに 
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