また、妄想話か?
智樹は思った。
子供達と居る彼女の居間、そのテーブルの上にはいつも双眼鏡が置かれていた。垣根越しに彼女を見る者をカーテンの隙間から探し出すためであったが、そんな者がいるなんて智樹は信じなかった。
彼はいつもの話に胸が悪くなり、食欲が消えた。
「そんな悪い人じゃないよ」
箸を置くと言った。
向かいの家の佐藤隆と彼は談笑したこともあったから、思い込みだよ、相手を悪いほうに考えれば相手もそうなっていく、と言った。
彼女は納得せず、(みんなそう言うんだけどあなたも私をオカシイ女と思うの?)と詰め寄り、過去の女関係を持ち出した。智樹や周囲の者を悪者に仕立て上げねば気がすまず、彼女の言うことに同調しないと逆上して怒りだすのである。
智樹はその習性があの出来事以来強くなったことを知った。
彼はお茶を啜り、食欲が出るまで待った。
「この前はとなりの木原が境のブロック塀まで寄ってきてこっそり除草剤を撒いていったわ。だから植えていたパンジーが枯れたのよ」
彼女は落ち着いて喋っていた。
「なぜそんなことをするのか考えたか?」
「私たちを追い出そうとしてるのよ」
「なぜ?」
「わかってるやんか!俺の女を返せ!なんて叫ばれる者はこのあたりに住んでもらいたくないのんよ」
智樹は絶句した。
正論をまじえようとしても無駄だと考えた。
「そうだ。しばらく君の実家に帰らないか?ここ家にいるとつらいだろう?」
智樹は彼女の目を見て言った。
目線が煮凝ったようにおかしい。
「わたしを追い出してあの女を家に入れようとするんやないの?」
「別れたと言ったろう。もう会っていないよ」
「そんなの信じられへん」
彼女は彼を執拗に睨みつけた。
黒々とした髪の奥で光る目は(鬼)である。
智樹はたじろいだ。
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