銀メタの胴体を見せると智樹の頭上を越えて基地へゆっくり戻っていった。照らされた海面はきれいな波間を見せ、神秘的な輝きを残像によみがえらせていた。
次の戦闘機がそこから現れ、同じ行動を取って戻っていった。
 家になど帰らずにこのまま自転車で走りつづけたかった。
邪魔する者など、いない。

 自宅に車が近づくと気分が沈んだが、女と密会した帰りではないからそのぶん肩の荷がとれた。
 隣近所の者の目が気になったが誰とも顔を合わせなかった。
車を車庫にバックで入れると、彼は運転席のシートを倒して体を伸ばした。一呼吸、置いた。台所を見やったが明かりは点っていなかった。この時間に芳恵が出かけることはないから居間で子供と過ごしているのだろう。
車から出ると、
 ただ今、と声を掛けて裏口のドアを開けた。
 返事はなく、キッチンは真っ暗であった。
 靴を脱ぎ、床を踏んで自室に進んでいくとキッチンに人の気配を感じてゾッとしたが、見てはいけない者だと知っていた。
 黒い人の姿が無言で椅子に座り彼の方を向いていた。
 芳恵にちがいなかった。
 気づかない振りをして自分の部屋に向かいながら、彼女が電灯を点けずに入浴していたり茶碗を洗ったりするようになったことを思い出した。いずれも美咲との関係を彼女が知ってからである。
 彼はデスクの上に手提げカバンを置くと、そのままキッチンに戻り、暗いじゃないか、とつぶやいて明かりを点けた。
「子供たちは?」
「居間で子供番組のビデオを観てるわ」
 彼は安堵した。
 荒々しい黒髪を乱しながら芳恵がすーと立ち上がったが、彼はおどろきと怖さを自制した。
 食べるの?
 うん。
 彼女は炊飯器の蓋を開けると、茶碗にご飯をよそおいはじめた。
 何を話して良いのかわからず、彼は食べることに集中していた。
 「向かいの家のあの気持ち悪い主人、知ってるやろう?が庭のベンチにいつも腰を降ろしてるんや。庭にいる私をジッーと観察してんのや。気持ち悪いったらあらへん」
 彼女は向かいに腰掛けて言った。 
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