わたしはグラスを握ったまま、思い出した。

(赤いトタン屋根の家。危険、近寄るな!)
 わたしの仕事のリストには受け持ち地域の情報が載っている。契約者の名前、住所、電話番号があり、メモもある。例えば、飼い犬に注意、平日午後八時以降、土日に在宅、というような。未契約者の情報もあり、その中でわたしは(赤いトタン屋根の家)というのが印象に残っていた。
 それは農家のわらぶき屋根を波板トタンで覆ったものだったが、赤いペンキで塗られた屋根がいつも鮮やかで、閑散としたその農村の中で際立っていたからだ。
 それに(忍び返し)と言って、ガラス瓶を割って逆さにしたものをコンクリート壁の上に並べ、家の周りを囲んで、異様な光景をつくっていた。
 わたしは暴力団関係者だとわかっていたので訪問はしなかったが、迂回しながらも注意を向けていた。
ある時、バイクで走っていると、黒い煙が山の方に見えた。その勢いは枯れ草やゴミを燃やすのとは明らかにちがい、気配に異常なものがあった。
 家事だ!
 わたしは直感した。
集金先のある方向だったので、そのまま近づいていった。
農家の一軒家のようだった。
近づくつれ、人々の興奮やどよめきが姿を見る前から伝わってきた。
赤い炎が燃え上がり、黒い煙が空の端を染めている。
破裂音らしきものや叫びが混じっている。
乗用車や大型車が荒々しい排気音を唸らせて走り、どよめきや喧噪がつたわってきた。
赤いトタン屋根の家が勢いよく燃えていた。
バイクを止め、小高い畑地に登ってわたしは見入っていた。
爆発音が起こり、火の粉が吹き上がった。
歓声が起こった。
静かになった。
炎が柱や襖・障子をひたすら食べていた。
叫びや泣き声も炎に食われていった。
手の施しようもなく、無力感が人々を支配していた。
 
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