た。
わたしは少し安堵した。
男は黙り込み、タバコを吸っている。
作戦を練っているに違いなかった。
彼の目的は金を取ることだろうか?そうだとしたらわたしが払わされるのだろうか?しかし、これは仕事上のトラブルである。
「蛇に睨まれたカエルたい。体も心も身動きができんかったろう」
焚き火を見つめたままの男の声・・・・。
ぬかるんだ泥の中を歩く時、足を取られ、ベトベトした泥に素足をこびりつかれる、そんな声じたいがわたしの心を呪縛していた。声の音色はその時の男のものだった。
闇が冷えていき、霊気を漂わせていた。
沈黙が意識をとらえ、異次元への活動をうながしていた。
思いあまって、燃え尽きかけた枝を炎の中に投げ入れてみたが、意識の映写幕はわたしを釘付けにしたままであった。男とわたしは同じ過去の光景にタイム・スリップし、体験していたのである。
炎は燃え続け、闇を広がらせていた。
わたしは闇の深淵の中にまた落ちていった。
職員は他のチームの男で、親しく口を利いたことはなかった。医者の息子だが縁故で採用され、頼りないとか煮え切らないとかいう噂があった。
彼はわたしの隣に座り、男と向き合った。
(申し訳ありません。教育の不行き届きでした。私に免じて許してください)
などと、形どうりの侘びを入れ、黙り込んだ。
それから先を進めきらない。
男はわたしの高圧的な態度を長々となじっていたが、急に声を荒げた。
(一寸の虫にも五分の魂、ちいう言葉がある。おれはこんな小さなラーメン屋のオヤジやけどプライドちいうもんがあるんや、相手は天下のKTSや。俺は小さな虫けらみたいなもんやけど、喧嘩は大きくなればなるほど俺に都合が良うなる。この男はやなあ、俺を馬鹿にしやがった!)
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