妻には夕食時には帰宅すると伝えているので、心配しているはずだ。
ともかく道を下っていけば、下界に辿り着けるのだ。下っているのか上っているのかくらい足は感知できるはずだし、それを信じるしかない。
懐中電灯が照らした道は平坦な地面だった。じっとしているのが怖くて歩き続けた。平坦な地面がいつまでも続くはずはない。登り道に出会えばそれを避け、下り道に足をむければ良いのだ。
左手に洞窟が見えた。身をかがめても歩けない高さで小さく、懐中電灯の明かりを当てたが中は暗くて見えない。枯れ枝が散らばっている。
崎本婆さんは大蛇が坑道をねぐらにしていると言った。
突然、大蛇のイメージが脳裏に現れ、わたしの体は金縛りにかかった。赤く光る大蛇の両眼が洞窟から襲ってきた。
目眩が起こり、体が震えだした。
幻覚だった。
(あなたはいつまでも子供みたいなところがある。大人と判断すべきか子供と判断すべきか迷ってしまう。わたしは心配でならない)
妻のよく言う台詞だった。
(一つの方向に進み始めたらすぐに引き返すことができないし、同じ間違いを何度も繰り返す。深みに自分から入ってしまう。そろそろ卒業してくださいね。あなたはどこかがずれているのよ)
妻によく言われた。
(ずれている?)
その通りかもしれない。
返す言葉がなかった。
(あなたが一番長く付き合った女というのは私くらいじゃない?)
その言葉は的を得ていたので、怒りが込み上げてきた。
(そう言うお前はどうなんだ!似たもの夫婦じゃないか!)
足下に拳大の石を見つけると、穴蔵に向かって思い切り投げつけた。跳ね返る音だけが返ってき、石のぶつかった反響の大きさから中は浅かった。背中が凍り付き、背後から追ってくる大蛇に怯えながら、急いで歩き始めた。
すると、孟宗竹の密生した行き止まりに出会った。
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