せいで打ち消されているのだ。理論的にはわかるが、感覚では分からない。
頭がおかしくなっているのだろうか?山に登って頭がおかしくなったという話はきいたことがある。
そんな疑問が湧くということは逆にまだ大丈夫だということである。
少し先で、焚きが揺れていた。
火の粉と煙が舞い上がっている。
「ボン!」
燃える竹が撥ねた。
人の姿はない。
目を凝らすと、太い幹が火の前に照らし出され、人が座っていたことを暗示している。
火が人の手によらず勝手に起こることはまずあり得ない。
三、四メートルほど近づいて見ると、人の姿はなく焚き火が燃えている。
突然、闇の中から恐怖が襲ってきた!
全身に張り付いて鳥肌が立った。
もし人が現れたとしたらそれは常人ではないはずだ。こんな夜に火を焚くなんて農家の者ではないし、野宿をする者がこんな山奥まで分け入るはずもない。
四方の暗がりを睨みながら気配を探ったが、竹林が火に照らされ、幹を連ねているだけである。竹の葉が炎の勢いに押されて上下に揺れている。
耳を澄ますと、何かわからないがかすかな息遣いや呻きのようなものが伝わってくる。
焚き火の周りの見回しても、姿らしきものは見えない。
リュックの中から懐中電灯を取り出すと、もと来た道に引き返した。
こんな山中で夜を過ごすなんて!気が狂ってしまうに違いない。
妻の顔が思い浮かんだ。
一時間前には、彼女が作ってくれた弁当を食べた。玉子焼きと鮭の焼いたのがオカズだったが、玉子焼きの半熟程度の焼き具合と砂糖加減が程よく、彼女の繊細さが伝わってきた。山歩きと自然の中で食べることが美味さを増してくれたのだった。
だがわたしは彼女の優しさと気だての良さだけで満足出来る男ではなかったから、大蛇探しなどという大人気ないことにとりかかってしまったのだ。
携帯電話を取り出して彼女に状況を伝えようとしたが、圏外の表示が出、通信不能た。
時間は七時三十分を表示している。
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