仕事を終えて帰っていった。
近くの整形外科病院へ、彼女を車で運んだ。患者が待合室に多くいたので良い病院だろうと思った。
診察では変わったことは無く、彼女の様子も普段のままだった。後遺症には気を付けなければならないと、彼女に言った。
第十五章
わたしはいつものように新聞の拡張・集金の仕事を続けていた。仕事を持たず、暇が有りすぎれば石川みたいな生活になっていただろうし、それは嫌だった。わたしの仕事は(転がる石)みたいなものだ。人から人へ移り行き、揉まれ少しずつ変わっていく。その動きと緊張の中で思考し、他者との触れあいで検証し、確認していく。研究の姿勢をもつことは(フイールド・ワーク)になりえ、どんな政治家や学者より世間や人間の本質、その動きを知ることができる。命の次ぎに大事な金というものを媒介にしているのだから。
その意味でわたし自身も一つの研究材料に過ぎなかった。香織の交通事故を例にとっても、それを契機に何が出てくるか、自分がどうなるのか、どんなふうに展開していくのかは不安でもあり、興味深くもあった。
ツマとの距離は相変わらず離れていて、他人という存在を越えて、物体、それも動く物体になりつつあった。それで良かったし、手間が省けるというものだ。夢や期待や愛情を抱きあうことは嬉しいこともあるが、裏切られたときの苦しみは辛すぎるものがある。
二日後、香織からケイタイに電話がかかってきた。あれから青浜団地の部屋に帰ったのだが、吐き気、頭痛、肩・首の痺れが出て、事故後に診断を受けた整形外科病院に入院した。そこで発作がでて、(うちでは対処出来ない)と告げられ、脳神経外科病院を紹介され、入院することになった。と、言う。
次の日、わたしは車を走らせ、整形外科病院に向かった。彼女の発作は収まっていたが、車でその脳神経外科病院に運び、入院手続きをした。待合室の椅子で彼女は気分が悪くなり、わたしの体に力なく横たわってきた。
不安に包まれたが、どうすることもできなかった。
わたしは外に出て、パンティやパジャマや洗面用具を買い、彼女の好きなキュウイや蜜柑やバナナも添えた。
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