わたしは目を注いだ。どこかで見たことがある。

「あれからどうしてたんですか?」
「病気はなおらんで貯金を使い果たし、生活保護をもらうようになって、市役所にここを紹介してもらいました」
「・・・・・」
新聞の購読を勧めるべきかわたしは迷っていた。
「娘の事が心配になってきた。さっき正夢を見てしまったのよ。白い車に乗っていて、事故にあってね・・。白い車には絶対乗らないように言わなくちゃ」
「白い車なんていくらでもあるから注意のしようがないでしょう」
「ただ運転していた男がどこかで見たような人で、思い出せない」
「奥さんは以前わたしの性格や未来を当てたけど、特別な能力があるのですか?あれからわたしは慢性胃炎を起こし、下血を繰り返すようになって、大腸ガンを疑ったけど、病院で診てもらったら痔でした」
わたしは思い出した。
その時、死が身近になっていた。悔しさと腹立たしさがこみあげていた。なぜ、俺が死ななければならないのか、なぜ、選ばれたのか。選ばれた理由は何なのか。理由があるのか、ないのか?死んだらどうなるのか?
今だったらどんな心境になるだろうか?
違う人生になって生き返ると考える。わたしという存在は一つのエネルギーにしか過ぎない。エネルギー不滅の法則、というのがあるようにエネルギーとして残る、量子として残る。空中に波動として漂っているかもしれない。トンボやカエルの中の量子になっているかもしれない。桜か石になっているかもしれない。他の人間の一部になっているかもしれない。何らかの存在として残ることは間違いない。
「奥さんの病気はひどいのですか?」
「具合の良い日は外に出ることもある。発作がいつ出るかわからんけ、遠出はできん。こうして寝てるのが生活になってしもうた。この部屋は不思議な部屋よ。植木鉢を置いても、花を花瓶にさしてもすぐに枯れてしまう」
とりあえず契約書を置いて帰ろうかと考えていた。
「この前ねえ、娘がペットの犬を連れてきたけど、すぐに部屋から出て、部屋の中をじっと見つめるだけやった。入ろうとせんかった」

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