百軒目。

ドアが三分の一ほども開いていて、中が見えた。
銀ラメのハイヒールがかかとを立てて、揃えてある。ピンク色の光沢を浮かべ、細いひも状のビニールで足首を押さえるポーズをとっている。
中はがらんとしていて、置物は見えない。
覗いてしまったが、声をかけるべきか迷っていた。
トラ猫は入ろうともせず、中に目を向けている。
「・・新聞です。購読のお願いにお伺いしました!」
思い切り、声をかけた。
返事はない。
ハイヒールがわたしを見ている。
もう一度、声をかけた。
「上がってこん!待っとったとよ」
女の声が奥から流れてきた。
「どうしたん?待っとるとよ」
廊下は静かな光沢を浮かべ、居間と障子で遮られている。
声はそこから流れてきている。
怖くなった。
ほとんど拒否される自分に迎える声がかけられるなんて信じられない。
「田熊のアパートに住んどった時、集金に来よったおいちゃんやろう?声で分かる。五年前やったかね」
 その言葉にわたしは思いだした。
 当時、昼に集金に行っても彼女は布団に伏していた。 わたしは「失礼します」と言って上がり込み、枕元に座った。彼女は布団の下に手を伸ばして財布を取りだし、金を渡した。長話はしなかったが、集金の労をねぎらい、お菓子やミカンをくれた。 
{あんたは人の好き嫌いがはげしいけど、体が頑丈やからお金を稼ぐ。体を少しこわしかけるけどすぐ治る}
と予言じみたことを言い、後にその事が当たっていることがわかった。
 「娘が訪ねて来てくれてるんやけど、買い物に行っとるんよ、わたしのサンダルをはいてね」
{これは娘のハイヒールなのか?}

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