「彼が眠っている、と何故わかったのですか」

「それは私達の調査で」
わたしは彼の横顔を見たがいつもの穏和な表情しかなかった。石川の部屋で見かけた事は黙っていた。尋ねても本当の事を答えるはずはない。
「お願いします。・・あの家はどうも入りにくくて。どんな仕掛けがしてあるのかわからない」
わたしは立ち上がった。
彼の頼みを断ったとしても穂高が捜査の対象から外れるわけではない。
トイレの裏手からもう一人の男が現れ、公園の傍に停めていた車に乗り込んだ。
中村は車のドアを開けて、後部席にわたしを誘った。
 「あなたは誘われると何でも断れない傾向がある。律儀と言おうか・・」
 運転席の男がわたしに言った。
 「それは誤解ですよ。律儀なんて言うもんじゃない」
 それはわたしと香織の関係を暗示していると直感し、腹立たしくなった。
(それは要らぬお節介というもんだ)
 わたしは自分も捜査の対象になっていると覚悟した。
 車は穂高の家への道筋をスムーズに辿っていた。戸建ての団地の道は格子状の迷路になっている。その道筋を間違いなく進むには何十回の経験が要る。
 穂高の言った通り、あれから中村は下宿を引き払っていた。
 「中村さんは今どこに住んでいるんですか?」
 「とあるワンルーム・マンションです。あなたがたびたび下のインターホンで私を呼んでいるのをテレビのモニターで見ていましたが、返事をしませんでした。あなたに私の顔は見えないのですがね。ア、これは貯まっていた新聞代です。おつりも領収証も要りません」
 彼は一万円札をわたしの手に握らせた。
 わたしはポケットの中にねじ込みながら、不安と緊張に捕らわれていた。わたしが穂高自身あるいは彼の家の内部について知っているといってもわずかでしかない。それに彼は今、体外離脱をしている。
 「正直に言いましょう。穂高さんは三十年前に起こった内ゲバ殺人事件の重要参考人なのです。時効になっているとはいえ、容疑は晴れていません」

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