(較べっこしてみない?あなたのは水っぽいだろうし、私のは本当の味が出ているはずよ)

(それはどうだか。俺の作ったのはけっこう評判がいいんよ)
話しは尽きなかった。カノジョはどんな場所にも出てきてくれた、ワタシにだけしか見えない姿で。
これは穂高の世界ではないか?
彼女は、会いたい、と電話口で言った。
(僕たちは今危険な綱渡りをしようとしているんよ。石川さんの手から離れ、二人だけの関係を持とうとしている。彼は今非常に神経質になっていて、僕たちをかぎ回っている。二人で手を取り合って、うまく渡って行かねばならない。少なくとも一ヶ月間は会わないないことだ)
わたしはカオリに念を押した。
ツマはワタシの自作自演をを戸の隙間から、凝視していた。
キチガイ、と何度も呟いていた。

石川のアパートに近づくと、警戒と緊張が走った。顔を見たいから来るようにと言う電話があったのだ。断れば不信感を与えると思い、行くことにした。アパートは丘の上にあった。部屋数は八世帯だが、敷地は広く、充分な駐車場のスペースがあった。彼は敷地の一部を地主に無断で開拓して、菜園作りを始めていた。
バイクを停めて、近づくと、
「何しにきたんな」
作業服姿の長身の男が荒い声をかけてきた。
初めて見る顔だったが、思い当った。石川がよく噂をする飛松だった。
飛松は手製のベンチに腰を下ろして、カン・ビールを飲んでいた。背筋をまっすぐ伸ばしている。石川の隣室に住み、彼の友人になっていた。香織と二度、体を交えていた。生活保護を貰いながら、金貸しをし、ダンプ・カーの運転をして金を稼いでいた。
わたしは手前のベンチに坐っていた石川に近づいていた。
飛松は目の前のカラスに餌を投げた。カラスは人に慣れていて、ピョンピョン跳びながら、餌を取っていた。
「これを食べない」
彼はぞんざいな口調で、トレイに載ったサザエの壺焼きを石川に渡した。

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