わたしは読みながら笑い、次ぎに顔が強張るのがわかった。
わたしは穂高に打ち明けた。
「中村一さんですよ。彼はもう部屋を引き払っている。私にはわかっていた、あの喫茶店に居たとき、私の傍を通り過ぎた時の波動。三十年前、大学で抗議集会を開いていたとき、カメラで活動家の写真を執拗に撮っていた男。お前は私服だな!お前の写真を撮ってやる、と言って俺はカメラを向けてやった。一ヶ月後、私は警察に凶器準備集合罪で逮捕され、その私服刑事に尋問されていた。黙秘を続けていると、固いバインダーで頭を思い切り殴られた、柔和な顔で。にこやかに笑いながら人を殴る男は彼以外には知らない」
わたしには返す言葉がなかった。
「彼等は私だって、あなただって、いつでも逮捕できるんですよ、別件で。車やバイクを運転しているとき、いつも法定速度で走ってるわけじゃないですよね。オシッコをしたいとき、必ずしもトイレが傍にあるとは限らないですよね。別件逮捕をし、監禁して、肝心な事のドロを吐かせる、常套手段ですよ」
「穂高さんの別件逮捕はあるんですか?」
「それは人間ですからね。・・あなたはネットによる発信の威力を知らない」
彼は笑った。
「最後に一つ言いましょうか、一瞬の内にすべての人類を殺す方法を知っていますか」
彼はわたしの顔を笑ったまま、見ていた。
わたしは答えられなかった。
「何ですか?」
「自分を殺すことですよ」
(夏の太陽に命を縮められる)
こんな言葉が思い浮かぶようになった。ヘルメットのひさしの向こうから、陽光が射抜いてくる。自己中心的な表現である。太陽は万人に平等に当たるのではないか?おまえにだけではない。という相対的分析なんてこんな時、頭の中には浮かんでこない。浮かぶ時はそれほどの苦痛を感じてないときである。
客先までバイクを飛ばし、集金や契約を済ませて戻るたびに、ペット・ボトルのお茶を飲む。一日に二本分は飲む。四、五時間もすると、胃が痛んでくる。むかつき、食欲がない。気分が鬱に傾いてくる。女性の悪阻の苦しさがわかってきた。
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