する者とされる者、差別する者とされる者、殺す側と殺される側、それらはプラスとマイナスに仮定しても実は同じ因子なのですよ」
「殺そうとすることは殺すことでもあるわけですね。軟禁する人間は軟禁される人間でもあるわけですね。コインの裏と表みたいに互いに重なり合っている」
わたしは遮って言った。
彼は笑った。
「私はヒットラーは嫌いですけど」
彼がその話しを持ち出したので、
「憧れでもあるわけですね」
わたしは遮った。
彼は無意識の中で独裁者には憧れ、現実では拒否していた。
「ヒットラーは後とんでもない悪魔だったと言われるようになりますが、ドイツ国民の精神状況を、つまり波動を反映していたに過ぎないんですよ。ドイツ国民一人一人がヒットラーになっていったんですよ。当時ドイツは第一次大戦に破れ、スーパー・インフレに見舞われ、・・・」
彼は留まることなく、話し続ける。
トイレに行く、わたしにコーヒーを入れる、ソバをつくってくれる、かかってくる電話に対応することを除いて、午後十一時ごろまで、対話は続いた。わたしの思考は漸近線を描いて穂高に近づいていた。
「私と香織の関係はあなたは理解できないでしょう?」
彼はわたしの知りたい項目を持ち出してきた。
「少しは理解出来るかも知れない」
わたしの好奇心は膨らんだ。
「簡単に言うと、彼女は私との出会いの中で私の欲する通りになってくれる。私の望むようなヘア・スタイル、化粧、服装、下着、話しの内容、声、行動、愛の囁き、等すべて私のイメージ通りに変身してくれる。そんな女が現実世界にいますか?」
「いないですね」
「これこそ純粋世界なのですよ。私は宗教は否定していますが、宗教にのめり込んでしまった信者が現実世界に戻れないのはこれに似ています」
「では、穂高さん、あなたが現実世界の香織に出会ったらどうするんですか?」
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