(それでも会ってるんですよ)

 (そうですか)
 ツマは表情を硬くした。
 (何か起こってもわたしは知りませんよ)
 石川はにんまり笑った。
 「お風呂に入らないの?」
 香織がベッドの傍に立っていた。
 目を開けていたのはわたしだった。わたしはベッドの上に寝ていた。
 (私はご主人に香織とはもう会わないようにお願いしたんですよ)
 その言葉が心の中に残っていた。会うことを了解したではないか。
 わたしは起きあがり、バス・ルームに向かった。
 湯船は長円形をしていて、シングル・ベッドくらいの広さがあった。底は浅く、性行為用に造られていた。壁のステンド・ガラスは中世ヨーロッパの女人像が紺・赤・黄色に色づけされ、片手の平に壺を捧げていた。
 体を丁寧に洗い、湯船にゆっくり浸かった。
 一つの考えが頭の中を占めていた。
 バス・ルームのドアを閉め、体を拭いた。
 薄暗いライトの下、三面鏡に自分の裸体が映っていた。五つの鏡が張り合わされているのだが、真ん中の三面は仕切られているだけで角度はない。その右側に鏡に体を移動させたとき、驚いた。わたしの裸体の右側に痩せた男の裸体が並んで立っていた。胸や腹に大きな傷跡が凹凸を見せて走っている・・
 穂高の姿に見えた。
自分の姿に変わった。
 水滴の撥ねる音が響いていた。
「ピターン。ピターン」
 天井に集まった水滴が湯船の水に当たっているのだ。
 その方を見ると、壁の鮮やかな紅殻色のタイルに発熱灯の光が黄色く当たり、撥ねる音は規則正しい間隔で繰り返されている。
 何かを告げている。
 誰もいないのに、気配がある。

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