わたしは体を離して,大の字になった。彼女は起き上がって、バス・ルームに行った。

天井を見上げると、自分の裸体があった。
カエルみたいだ。腹が大きく、手足は小さい。女に好かれるタイプではない。
その姿がすべてのガラスに映り自分を見ている。百に近い自分の虚像が広がり、自分を包んでいる。
わたしは見つめ続けた。
これが今の俺なのか?本当の俺なのか?
自分が自分を見、認識しているに過ぎない。見ている自分と見られている自分は別々なのか?いや、そんなはずはない。同じはずではないか。見ているのは視覚を通しての意識であり、見られているのは肉体である。いや、心の動きまで見られているのだから、見られているのは意識でもある。意識が意識を見ているということは意識が二つあると言うことか?自分が二人、存在していると言うことか?どちらが本当の自分なのか?それとも、どちらとも本当の自分なのか?もし、意識が三つあったとしたら、四つあったとしたら、五つあったとしたら、無限、(N)数あったとしたら、・・・穂高の部屋にあった写真、無限に重なり合った女の立ち姿・・・。
人間は本当のことがわかってしまったら発狂する。
頭の中がクラクラしてきた。考えているのが苦しくなった。
目を半ば閉じ、微睡み始めた。
 ワタシの家、その応接間に石川が坐っている。ツマと向き合って話している。
 そういえば、一度、彼を家に招いたことがある。応接間に入れ、ツマを紹介した。彼は正座をし、両手をついて、「石川といいます、よろしくお願いします」と、深々と頭を床に擦りつけんばかりに挨拶をした。その大袈裟な態度にわたしは驚いていた。
 しかし、この光景は彼が突然、ワタシの家を訪れたということだろうか。
 彼はワタシと香織との出会いを持ち出し、ホテルでの行為を長々と楽しげに喋っている。ツマは好奇心に満ちた眼差しで、聞いている。
 庭から明るい日差しが部屋の中に射している。
 石川はお茶に手を伸ばし、一口すすり上げた。
 (実は、奥さん、私はご主人に香織とはもう会わないようにお願いしたんですよ。深入りしすぎておかしくなるからといって)
 (そしたら?)

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