(鶴の恩返し)という民話がある。鶴はハタを織っている姿を見られたために消えてしまわねばならなかった。わたしは彼女の正体を見てはいけないのだ。

 「早う行こう。気分がこわれるやん」
 その言葉に車を発進した。
 「石川さんも言いよった。あんたは真面目すぎるち」
 「なんが真面目か、俺にはようわからん」
 わたしのヘッドレストの後ろに彼女が顔を押しつけているのがわかった。熱い息が迫ってくる。
 べつに心配することはない。いつでも関係を切ることの出来る女ではないか。
 (二時間で二万円。パートタイムの結婚生活じゃないですか。二万円の慰謝料と思えばよい。終身の結婚の場合、離婚したときは退職金から年金から財産から持って行かれるわけですからね。女は自分の人生に安心を、それは多くの場合は金銭ですけどね、与えてくれる男を求めているのですよ。子供が母親にすがるのは、単に食べ物を与えてくれるという理由だけですよ。狼に育てられた少年がいましたけど、いつまでも狼に親愛を示し、人間世界には戻れなかったでしょう。母性愛だとか人間愛だとか言ってるけど実際は単純な原因が多いのですよ。男女の恋愛・結婚の動機だってそうですよ。経済力は女に生存の安心感をまず与えるのですよ。あらゆる女は娼婦である、といった人がいましたね。最近、生活費をきちんと渡している夫に対して、セックスを求められたら、お金を要求する妻がいるらしいですね。娼婦より質が悪い)
 ある時、穂高は言った。
 (穂高さん、あなたみたいにすべてを分析して割り切ってしまったら、世の中が面白くないでしょう)
 わたしは訊いてみた。
 (いや、そんなことはありません。ますます面白くなってきました。自分の分析と判断がいかに正しかったか、一つずつ結果が出てきていますからね。それに私は常識をまったく否定してるわけではありません。ただ、今はあまりにも常識に左右されすぎ、それが真実だと錯覚されているのが腹立たしいのですよ)
 彼は何に対しても好奇心の塊だった。だから元気が良かった。
 彼が純粋世界にしか興味がないといっても、香織の男関係に無関心でいられるのだろうか?

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