航空自衛隊の建物がその先に隠れている。敷地の中には一般の道路が走っていないので、横切ることが出来ず、遠く迂回するしかないのだ。
一ヶ月前の光景が逆の方向から重なった。一ヶ月前の時空と現在が連なっている。いや、違う。一ヶ月前の自分の意識と対面し、波動が生々しく、共振しあっているのだ。その時の自己に出会ったのだ。もう一人の自分に出会ったのだ。すると今のこの俺は何何だろう?自分は二人居るのだろうか
穂高の家の食堂間に置かれていた写真が意識の中を過ぎった。香織の立ち姿が前後、後ろ前、左右、右左、上下、下上、あらゆる角度・方向に一コマずつ連続して並び、歩いている。彼に言わせればこれはまだ一つの次元にしかすぎず、無数の次元があり、あなたには無数のあなたがいるし、また無数の次元の中に存在しているのだと言う。
トイレに入り、小用を足した。
手を洗っていると、背後に人影を感じた。
振り向くと男が立っていた。
背中を見せ、海の方を見ていた。
記憶のある気配だった。
「中村さんじゃないですか?」
「おう、これは」
彼は振り返り、笑顔を見せた。
「この潮の香りは何とも言えんですね」
「でもどうやってここまで来たんですか?」
駐車場にはわたしの車しかない。
「ぽっつりぽっつり歩いてね」
「でも自宅から二時間はかかるでしょう?」
「それくらいはかかりますよ。ただ、潮風に惹かれて寄ってきました。では」
彼は浜辺の方に歩き始めた。
わたしは不信感を覚えながら、踵を返した。
駐車場の先に、紺色の軽自動車が現れ、近づいてくる。香織の車だと直感した。
軽自動車はわたしの車の傍を横切って、低いフェンスで仕切られた隣の駐車場に姿を隠した。人目を避けようとしていたのだ。横切るとき、運転席から、香織が白い歯を見せて笑いを送ってきた。
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