わたしはインターホンの台の前に立った。台に設置された小さな暗い窓から、レンズの目が、居住者の目になってわたしを見ている。警察の取調室、そこに設置されている鏡みたいに、容疑者からは見えないが鏡の向こうからは犯人かどうか判定されている。犯罪を犯してもいないのに。

最上階の部屋から下へと、番号を押し、(呼び出し)の文字を押していく。番号が現れ、小さな呼び出し音が連続する。十秒も経つと、次の部屋番号に移る。
五件目を押すと若い女の声で返事があった。要件を伝えると、玄関の自動ドアが素速く開いた。
急いで入って、エレベータで十五階まで上った。
その部屋の前まで駆け寄り、チャイムを押した。
ドアは開かず、返事もない。
五分間、待った。
ドアは開かず、返事もない。
どういうつもりなんだろう?最初に新聞は要らないと応えればいいものを。
このまま、次の部屋をノックして行くと、不法侵入で訴えられる可能性があるので止める。
一階までエレベータで下り、再びインターホンの前に立った。先ほどの部屋には拒否と記した。
二十八件目に返事があり、要件を伝えるとドアが開いた。若い女の声だった。
十階までエレベータで上がり、部屋の前に立って、チャイムを押した。ドアを軽くノックした。返事はなく、ドアも開かない。
三分間、待った。
反応は無い。
返事をした上に、何故ドアまで開いたのだろう?わからない。
意地悪をしているのだろうか?知らない他人にそんなことをして嬉しいのだろうか?
ドアを蹴り、唾を吐きかけたい衝動をかろうじて抑えた。
この国民は精神の部分から崩れ始めている。ノックをしても返事をしない人間がこんなに居るなんて外国では考えられるだろうか?彼等に言わせれば、得体の知れない人間が訪問して金を騙し取る事があるから対応しない、と言いたいのだろうが、せめて誰ですか?何の用ですか?くらいは聴くべきではないだろうか?隣に引っ越してきた人が挨拶回りに来るかもしれないではないか。友人がアポなしでノックすることだってあるではないか。外
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