「おかげさまで」
言葉では現わせなかった。
部屋に戻ると、彼は一部始終を聞いてきた。
わたしは思い出せるだけすべてを話した。
「あの女、俺にはキスはさせんかったな。俺の口が臭いち言うてな」
と言ったが、満足げな顔をして、指を股間の方にのばしていた。嫉妬心がおこり、それが興奮の刺激材料になることを試していた。
紹介料を払おうとすると、「友達の仲やないな。そんなことしなんな。おれにもプライドがある」と言って断り、車代の二千円は受け取った。
「石川さんは自分の女まで紹介するなんて本当に人徳がある。」
わたし言った。
第六章
ツマとの生活、その時間帯はすれ違いのサイクルになっていた。午前十時にわたしが起き上がる頃、彼女は病院の事務の仕事に出かけている。午後九時にわたしが帰ってくる頃、彼女は夕食と入浴を終え、就寝の準備に入る、わたしと別の部屋で。日曜日は彼女は休みで、わたしは仕事。つまり二人は同居人としてだけの存在なのである。
彼女が離婚の話しを持ち出してくれば、それでも良い。条件を考えるわたしの手間が省けるというものだ。同居人の状態を継続するのもよい。おたがいに経済的に助かるというものだ。どんな状況も認め、先ず、肯定する。川の中にいきなり落ちたとする。落ちたことを認め、受け入れて力を抜く。浮力に体をまかせ、どうするかを考える。いけないのは、慌ててもがき、浮力の存在を忘れることである。
わたしはスーパーで買ってきた小鰺を、唐揚げにした。時間があれば、片栗粉や酢、砂糖を使って、南蛮漬け風に仕上げるのだが、今日は酢をかけて食べている。料理にかけては自信がある。感性と創造力が要求される。ツマに作らせれば、料理の本を見ながら、調味料をグラム単位で加減するだろう。わたしは自分の好みで匙加減ができる。その匙加減が出来るのが妻であり、ツマではない。
{だから、女にコックや画家や作曲家や指揮者はいないでしょう。明らかに右脳と左脳の違いなんですよ。女に下着泥棒やフェティシズムがいないのは想像力・創造力が貧しいか
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